浄化?
とか、そんなんで物語が終わるわけないのよっ!
「リーア、大丈夫だったか?」
ちょうどダリさんのアップルパイが焼きあがるころにウイルが戻ってきた。
「ウイル、ちょうどよかったぁ。出来立ておいしいよ」
にこにこ笑いながらウイルにアップルパイの乗った皿を見せる。
ゴチンッ。
いったぁーいっ。
「俺が、どれだけリーアの心配をしたと思ってるんだ、それなのに……そんなのんきな顔見せられたら……」
私よりも頭半分背を追い越したウイルが、ぎゅっと私を抱きしめた。
ふおうっ!
最近はぎゅっなんてさせてくれないウイルが、自ら私をぎゅっしてくれるなんて!
すごい。
うれしい。
うれしい!
うれしくて胸がばくんばくんと弾んでる!
「よかった、無事で」
ウイルの心底ほっとした声が耳元で響く。
「うん、ウイルも無事でよかった。ごめんね、巻き込んじゃって」
私の言葉に、ウイルの両腕にぐっと力がはいった。
「巻き込まれたんじゃない。リーアを守るのは当然だ……だけど、守れなかった」
悔しそうなウイルの声。
「鍛えなおさないと……リーアを守れない」
「え?私を守るために鍛えるの?」
兵や冒険者になるために鍛えていたわけじゃないの?
私の質問にウイルはびくりと体を浮かせてから、離れた。
うわーん。もうぎゅっは終わりなの?ケチ。
「なぁねーちゃん、ここに来るまでに、巫女様が現れたとずいぶん騒ぎになっていたが、何があったんだ?」
ビクゥ。
「えーっと、それねぇ……」
ウイルなら、ねーちゃんが巫女なんてありえないって笑い飛ばしてくれるかな。
「なんか、私が巫女だとかゴマルク公爵様が言い始めて……はは。おかしいよね、私なんておいしいものを見つけるくらいしか特技ないのに」
えへっと、自虐の笑みをウイルに向ける。
ウイルは、笑い飛ばしはしなかった。眉根を人差し指で押さえてため息をつく。
「先代の巫女様がいなくなって、今までずっと巫女様がいなかった理由をさっき聞いたんだよ」
ウイルがちらりと私の姿を見る。
「『おいしいものを探しに行ってきます』って旅に出て帰らなかったらしい……」
ん?
なんだかシンパシーを感じる。
「そっかぁ。本当にひーひーおばあちゃんのことなら、きっとひーひーおじいさんの料理の腕にほれ込んで帰らなかったんだね」
「リーアは……」
「ん?」
ウイルが何か言いにくそうに言葉を濁した。え、何?何を言おうとしたの?
「いや、何でもない。せっかくだ、出来立てをいただこう」
そうでした、ダリさんの作った極上アップルパァァーイ!
「儂も一緒にいいかな」
たぷんとお腹を揺らして、ゴマルク公爵様が現れた。
ご一緒するということは……、目の前の4等分されたアップルパイの一切れが。
ぐぬぬっ。でも偉い人だから断るわけにはいかないよね。うううっ。
涙目になっていると、ゴマルク公爵様が背後に控えていた人に声をかけた。
「一緒にお茶もどうかな?巫女様が何がお好みかわからなかったのでいろいろと持ってこさせた」
と、茶葉を入れる器がいっぱいのったトレーが差し出された。
お付きの者が、ゴマルク公爵様の合図でひとつづつ蓋をあけていく。
「こちらはアールグレイです。ミルクとの相性が良い紅茶です。ジャスミンティーです。さわやかな風味が特徴です」
ブルーベリーティー、アッサム、オレンジペコ、タンポポコーヒー、緑茶にウーロン茶。
見たことも聞いたことも飲んだこともないお茶の葉を次々と見せられる。簡単な説明をしてくれているが全然耳に入らない。だって、説明なんて聞かなくたって飲むの決まってるもん。
「それ、それにしてください!」
まだ説明もされていないどころか、ふたを開けて中も見ていない器を一つ選ぶ。
「なぜそれを?」
「え?だって、おいしいよーって声が……。えっと、その」
ゴマルク公爵様が私の答えを聞いてにっこりと笑った。
「ではこれでお茶を入れよう。陛下と殿下にも同じものをお出しするのじゃ。いいな、他の茶葉は処分せよ」
ふええっ!
「まって、処分とかもったいない!」
お茶って高いんだよね。もちろん庶民の手にも届くものもあるけど、あれだけの種類、珍しいものもあってきっと高いものもあるはずだ。
「それと、それと、あっちの、2番目と3番目と4番目においしそうなの、いらないならくださいっ!」
あ、しまったぁ。処分するならくださいなんて……ちょっと意地汚かったかな……ううう、ウイルに怒られ……。ん?あれ?
ウイルが怒らない。
ウイルの顔を見ると、ちょっと悲しそうな顔をして私とゴマルク公爵様のやり取りを見ていた。
悲しいい?あ、もしかして、まだアップルパイを食べられないから?
「ほほう、なるほど。2番目、3番目、4番目は巫女様のお眼鏡にかなう品というわけですな。他にはどうですかな?ほしいものがあればすべて差し上げますぞ」
まじですか!
「じゃ、じゃぁ、5番目と6番目においしそうなのもお願いします。あとのは、えっと、その……」
意味はよく分からないけれど、酸化してまずいよーと声が聞こえる。飲むとお腹痛くなるよーって言うのまで混じっている。
「呪いがかかっていますかな」
公爵様の言葉にあいまいに微笑み返す。うん、色が悪い。
「あの、少し貸していただけますか?」
もし、本当に浄化の力なんてものがあれば、色が悪いおいしくないお茶の葉もおいしくなるのかな?




