親友だもん
ああ、肉球も柔らかいかな、触っても怒らないかな。
抱き上げた子猫の後ろ脚に手を伸ばしたところで、ぴょんっと子猫が逃げた。
「で、殿下!」
ゴマルク公爵様が、慌てて子猫に近寄る。
は?
い?
殿下?
「何を食べさせたのだ、殿下が力を失って、人型を保っていられなくなるとは!」
ゴマルク公爵様がカジタナさんの顔を見た。
「わ、わたし……」
「猫竜様は、猫竜の姿を維持するのにとても力を必要とする。それゆえ、普段は人の姿を取っておられる。だが、力を失うと人の姿を保つことすら困難になり猫のお姿になってしまわれるのだ。知らぬわけではないだろう?」
えーー!
そうなの?
もしかして常識なの?あ、神父さまのお話をちゃんと聞いてれば知ってるような有名な話なのかな……。
すいません。常識知らずです。
ってことは、つまり、この子猫が殿下?少年だっていうの?
しゃがんで再び子猫に手を伸ばすと、子猫が私がウイルに食べさせようと持っていたアップルパイにかじりつこうとした。
「にーにににー、ににーっ」
ごめん。ウイル。
子猫の誘惑には勝てない。
ウイルよりも子猫ちゃんにあげる!
「はい、どうぞ」
アップルパイを食べやすいように小さくちぎって子猫ちゃんのお口に運ぶ。
ぱくん。
うひゃー、かわいいのっ!かわいいのよっ~。
もう一口と手を差し出すと、子猫ちゃんがピカーっと光って、みるみる少年の姿に変化した。
うわー!
「本当に、子猫が人間の姿に変わった……」
びっくり。
「わかったか!お前の選んだ食べ物は人には無害でも俺には毒だ。力を失う。巫女が手にする食べ物は力をもたらす。トトが……父様が30年ぶりに猫竜の姿に変化できたのも、巫女の選んだものを食べたからだ」
トト?
「そういえば、イチール領が到着してからだ、猫竜王様がお姿を現したのは」
「ということは……本当に、巫女様……」
「申し訳ありません。巫女様のお力を疑うような発言をいたしましたことをお詫びいたします」
ゴマルク侯爵領の代表の男が深く頭を下げた。
あれ?巫女様の力って、もしかして本当にあるの?
っていうか、えーっと、私の力?え?嘘だよね?
えーっと……。
急に影が落ち、見上げると猫竜様の姿がそこにあった。
やっぱり大きいなぁと思っていると、パッと姿が消え足元にトトちゃんがいた。
「にゃんにゃー、にゃにゃっ」
トトちゃんが前足で、てしてしと私の足を叩いて何かを訴えている。
「あ、もしかして、トトちゃん、これが食べたいの?」
アップルパイを差し出す。
「あー、トトずるい!」
「にゃにゃにゃっ!」
「リーアから食べさせてもらったお前こそずるいって?それは仕方ないだろう!猫の姿になっちゃったんだし!っていうか、トトは力が満ちるんだから猫の姿に今なる必要はないだろう!」
「にゃんにゃーっ!」
「猫の姿のほうが、リーアから食べさせてもらえるって、ずるいぞ!ずるい!僕はまだ自由に変形をコントロールできないのに、トトだけ猫になってかわいがってもらおうとか!」
えーっと。
もしかして……。
いや、もしかしなくても……。
トトが、少年……殿下のお父さんで、陛下なの?
「そうだ、女、そのブドウを食べさせろ。そうすればまた猫の姿になれる!」
少年がカジタナさんに手を伸ばした。
真っ青を通り越して真っ白な顔をしていたカジタナさんは、急に話を振られて驚きのあまり意識を失った。
「陛下も殿下も、またその者にアップルパイを作ってもらえばよいでしょう。これからは巫女様がおいしいものをたくさん食べさせてくださいますから、取り合いなどせずとも……。ダリ、と言ったかな。陛下と殿下のためにもう一度アップルパイを焼いてくれぬか?」
ゴマルク公爵様が一連の騒動を収めようと猫のトトちゃん改め陛下と、少年改め殿下の二人に声をかけている。
「は、はい!光栄です」
ダリさんがびしりと背筋を伸ばして答えた。
「そうそう、儂の分もよろしく頼むよ」
ゴマルク公爵様が表情を崩して幸せそうな顔を見せる。
おおう、あれはおいしいものを食べることを想像した顔ですな。
「さぁ陛下。今なら人型にも長い時間変身していられそうですな。最近はほとんど猫のお姿ばかりで、殿下の通訳なしでは会話もままならぬ状態でしたから、仕事が溜まっております。さぁ、働いてください」
ゴマルク公爵様はあっというまに表情を引き締めて陛下と殿下……猫と少年を連れて城へと戻っていった。
猫の姿ばかり?
そういえば、人型の陛下って見てない。どんな姿なんだろう?少年と似てるのかな?似てるなら髪は黒い?
「私、リーアが連れていかれそうになったのに、何も力になることができませんでしたわ……」
涙目のナリナちゃんが駆け寄ってきた。
「えへへ」
ぎゅぅーっ。
思いっきりナリナちゃんを抱きしめる。
「そんなことないよ。信じてくれる人がいたから、心が折れなかったんだよぉ。ナリナちゃんありがとうね。やっぱり持つべきものは親友だね!」
ぐいっとナリナちゃんが私の抱擁を引きはがした。
「しっ、親友になった覚えはありませんわ!」
「えーっ」
「で、でも、と、友達くらいなら、なって差し上げてもよろしくってよ」
ナリナちゃんの頬がピンクに染まる。
「わーい。ナリナちゃん大好き!」
もう一度抱き着こうとしたら、さっと身をかわされた。
ちぇっ。ちょっと動きが素早すぎるよっ!私ももうちょっと動きを鍛えるべきか。
「のんびりしている暇はございませんわ!お兄様が陛下のためにアップルパイを作らなければならないのですから。リーア、リンゴを選んでちょうだい!」
あ、そういえばそうだね。ゴマルク公爵様も食べるって言ってた。
「それからお兄様、巫女様の分も作ってくださいませ」
ナリナちゃんがダリさんに言った。
え?
「巫女様って?」
「あら、リーアはお兄様の作ったアップルパイがいりませんの?」
「いるっ!」
巫女様か。アップルパイが貰えるなら、そう呼ばれるのも悪くない!




