毒見
「ダリ様にこんな悪女がまとわりついていたなんて、本当に怖いわ」
ダリさん?
昨日、マイマインさんが連れていかれた時のように、二人の兵に左右を抑えられる。
「ねーちゃんを離せ!ねーちゃんが毒なんて使うはずがないっ!」
ウイルが5人がかりで押さえつけられている。
「調理担当のお前だったんだろう。だったら、お前が毒を入れたのか?」
「違う、違う、ウイルの作る料理はどれもおいしいものばかりよっ!毒のある食べ物なんてあの人たちが作る料理の方が、よっぽど毒されてるわっ!」
体に悪そうな色の料理が並んでいた。
公爵領のキッチンを指さす。
「馬鹿が!公爵家の料理人が毒など入れるものか!」
バシン。
頬が熱い。ああ、打たれたんだ。
「リーアに何をするっ!」
ウイルが押さえつけていた兵の一人を蹴った。
「押さえろ!」
腕を押さえていた兵のみぞおちに頭突きをし、間髪入れずにもう一人の兵が振り下ろした拳を避けて背中を蹴る。
突っ込んできていた兵はそのままもう一人の兵へと倒れこんだ。
「待て!」
慌ててもう一人の兵がウイルの手をつかもうとしたがそれを交わして私の元へと走ってきた。
「リーア、帰ろう、もう、こんなところにいる必要なんてないっ!」
ウイルの伸ばした手が私に届く前に、再びウイルは兵に取り押さえられた。
抵抗できないようにと3人がかりで地面に押さえつけられる。
「やめてっ!ウイルを離して!」
縄で縛られるウイルが、私の目を見ている。
「リーア、婿なら俺がなってやる!だから、もう帰ろう!くだらない料理コンテストなんてやめて、帰ろう!」
ウイルが婿に?
ああ、ウイルは私の婿探しのために、一緒に王都に来てくれたんだ……。
料理コンテストに出たのも、私のために……。
私の、私の……、
私のせいで!
「ウイル、ウイルを離して!私が悪いの!私が、ウイルは関係ないっ!」
どれだけ叫んでも、縄に縛られて引きずられるように連れていかれるウイルは遠ざかっていった。
姿が、ウイルの姿がもう見えない。
やだ、どこへ連れていかれるの?
「ウイル!」
「さぁ、お前も縄を打たれたくないならおとなしく来い」
ウイルを、巻き込んでしまった。
ナリナちゃんが両肩をダリさんに支えられながら真っ青な顔でこちらを見ている。
「リーアはそんなことするような人じゃありませんわ……何かの間違いですわ……」
今にも涙があふれだしそうだ。
「みんな馬鹿なの?」
子供の声に、一瞬場が静まり返った。
そりゃそうだ。この場に子供がいるはずないのだから。だけど、身なりのいい服装をした少年が立っていた。
「川の魚は海では生きていられないんだよ?知らないの?」
「え?そうなの?知らなかった!」
って、私は少年の言葉に思わず驚いて声をあげちゃったけど、他の人は黙っている。
みんな知ってたの?
知らなかったよね?
「それ、川の魚だよね?水に塩を入れたら死ぬに決まってるじゃない?」
おお!ありがとう少年!
「そうよ、ただの塩なんだから!これで毒じゃないってわかったでしょう?ウイルを返して!」
私の言葉に、兵たちは動かない。
どうして!
魚が死んだのは毒のせいじゃないって分かったのに!
「毒かどうか確かめるなら舐めたらいいじゃない」
少年がふぅっと、小さなため息をつき、馬鹿にしたような顔で、一向に動こうとしない周りの大人たちを見る。
カジタナさんの手から藻塩の入った巾着を受け取ると、私の手の平に少し藻塩を出した。
もちろん毒じゃないからすぐにぺろりと藻塩を舐める。
「ほら、毒じゃないでしょ?」
なんともない私を見て人々の表情も緩んだ。
「ふん、少量では効果がないだけじゃないの?毒を扱う人間は毒になれさせて耐性があるって聞いたこともあるわ!それに、解毒剤を先に飲んでいれば効くはずないじゃない!だから、それが毒じゃない証拠になんかならないわ!」
カジタナさんの言葉に、緩みかけた空気がまた引き締まった。
「じゃぁ、これならどう?」
少年が小皿に藻塩を出して地面に置いた。
「来て、トト」
てとてとと、少年に言われてどこからともなくトトちゃんが舞い降りた。
トトがベロリと大量の藻塩を舐める。
ああ、トトちゃん、塩をそんなにたくさん……しょっぱいよっ!かわいそうに!
「トトちゃん、やめて!無理しないで!」
兵の手を逃れて、トトちゃんのもとに駆けつけ抱きあげる。
「あはははっ、見て、都合が悪いから途中で止めたのよ!やっぱり彼女が犯人よっ!」
カジタナさんが高らかに笑った。
「イチール領は失格よ!さぁ、さっさとこの場から立ち去りなさい!」
カジタナさんが、兵に私を拘束するように目くばせする。
「違います、本当に、毒じゃない。私は何もしてない、信じてくださいっ!」
「往生際が悪いわね」
カジタナさんがふんっと鼻で笑った。




