幸福に満ちた目
「よし、早速パイを作ってもらおう。できたらリーアにも持ってきてやる」
少年がにこっと笑った。
「本当?うれしい!」
感激して思わず少年に抱き着く。
てしてしてしっ!
トトちゃんが手をたたいてる。え?なぁに、僕も抱っこしてくれって?
もちろんでーすっ!
トトちゃんぎゅっ!
「ほら、トト、リーアが食べるパイのためにリンゴを取ってっ!」
少年が私の胸の中のトトちゃんの尻尾を引っ張った。
パイのため!
はい。もふもふは我慢します!
両手を離すと、トトちゃんが自力で胸の中にしがみついていた。
「トトっ!」
「にゃっ」
ふふふ。仲がいいなぁ。と、一人と一匹のやり取りをほほえましく見ていた。
って、いけない。いくら料理の邪魔になるからって、足りないものを取りに行ったり、何かしら私にもできることがあるだろうからずっとキッチンを開けてるわけにいかないわよね。
「じゃぁ、またね!」
「きゃぁーっ!」
キッチンに戻ると、食堂の調理場とは逆側の方向から悲鳴が上がった。
え?何?何?
急いで駆けつける。すでに駆けつけていた人たちが周りを取り囲んでいてすぐに何が起きたのかは分からなかった。
「急いで医務室にっ!」
「一体何が起きたんだ」
医務室?
兵に問われていたのはカジタナさんだった。
「私が通りかかったときには、すでにこの人が倒れていて……近づいたら……血を吐いていて……」
え?血を吐いて誰かが倒れていた?
「まさか、毒?きのう毒キノコ事件があったばかりだというのに……。いったい誰が」
兵に事情を聴かれていたカジタナさんと目が会った。
「彼女よ。あの女が犯人だわ!」
はい?
カジタナさんの指がこちらをさした。え?彼女って誰?きょろきょろ?
人の波が私から距離を置いた。
「私、見たの。この間彼女がこの兵ともめているのを」
えええ?
足元に倒れている兵の顔を見る。
あ、胃が悪くて口の臭い兵だ!
血を吐いて倒れてるってことは、もしかして胃に穴でも開いた?え?大変だよっ!でもそこまで胃が悪かったかな?
「きっと、振られた腹いせに毒をもったのよ!あの女は男を探して料理コンテストに参加したって言ってたし」
カジタナさんの目に憎悪の炎が見える。
「ち、違います」
いろいろと違う。
「そういやぁ、噂で聞いたぞ。男あさりに来てるとかなんとか」
「ああ。かわいい顔して思い通りにならないと毒を盛るとか、怖いな。コンテストに参加できたのも卑怯な手を使ったんじゃないか?」
ぼそぼそとささやかれる。
「えっと、私、本当に違います!」
「違う?じゃぁ、今まで調理もせずにどこに行っていたの?姿が見えなかったけれど」
カジタナさんに追求され、素直に答える。
「果樹園です。扉の向こうの」
それを聞いてカジタナさんが笑いだした。
「皆様、お聞きになりまして?リーアさん、嘘をつくならもっと上手についた方がいいですわよ?」
「嘘じゃないです」
なぜか周りにいる人たちはカジタナさんの言葉に私が犯人だと信じかけているようだ。
「果樹園の扉は開かずの扉のことでしょう?決して誰も入ることができない、太古の魔法がかけられた扉。向こうになどいけるはずもありませんわ。素直に白状したらどうなんです?隠れてこの兵と会っていたと」
え?
開かずの扉?簡単に開いたけど?
ちょっと待って、そういえば初めて少年に会った時もどうやって入ってきたかと驚かれたよね?
「まだ、毒をもっているかもしれないわ!」
カジタナさんが私のすぐ目の前に立ちエプロンやワンピースのポケットに手を入れた。
「あった!」
って、毒なんて持ってないってばっ!
「それは塩ですっ!」
カジタナさんの手には、私のエプロンから取り出した小さな巾着が握られていた。
巾着の中には藻塩が入っている。
なぜ持ち歩いているかって?そりゃ塩をかけたらすぐにおいしくいただけるものが世の中には……。いつその出会いがあるかわからないし、持ち歩き必須でしょ?
「嘘をおっしゃい、塩がこんな色をしているものですか!」
と、カジタナさんが巾着の中身を少し取り出して言った。
いやいや、藻塩はその色!
そこに、水を張った桶を誰かが持ってきた。中には3匹の魚が泳いでいる。
カジタナさんが、巾着の中身を半分ほど水の中に入れた。
しばらくして、泳いでいた魚たちが白い腹を見せて浮かんだ。
「きゃーっ、魚が死んだわ!」
「とらえろ!」
「毒だ、毒!この女毒を持っていたぞ!」
嘘、毒のはずがないわ。
「怖いわ、怖い……」
カジタナさんが恐怖というよりは幸福に満ちた目で私を見た。




