お見舞い
「心配かけてごめんね。でも、ほら、大丈夫だったから」
心配かけたのは悪いと思うけれど……。
っていうか、そこ、どいて。
おいしいものはおいしいうちに食べないと!
「無茶しないと言ってくれ……」
ウイルの顔がゆがむ。
ああ、泣く。ウイルが泣く前の顔だ。
泣かないで、ウイル。おねーちゃんがいるからね。
ぎゅっと、今まで数えきれないほどそうしてきたようにウイルを抱きしめる。
いつの間にか、小さな子供だったウイルは、私の背を追い越しちゃったけど……。それでも私にはいつまでもかわいい弟だ。泣いてほしくない。
「リーア……。頼む……」
ウイルの頭が私の肩の上に押し付けられる。
ぎゅっと抱き返してきたウイルの手が小刻みに震えていた。
「大丈夫だよ、本当に」
ぐりぐりとウイルの頭が左右に振られて、私の肩をこする。
「リーアを失ったら、生きていられない」
家族思いのウイル。
「分かった。鼻血が出たらそこまででやめるようにする。そこまでは大丈夫だったからね?それでいい?」
ウイルが頷いたのが肩の重みの変化でわかった。
「約束したからな!」
ウイルが体を離し、特製肉まんを差し出す。
待ってました!
うん。約束はした。
でも、約束は破るためにあるのだ。……もし、ウイルがピンチになったら……。巫女の血が役に立つのであれば……。使うよ?
私は、自分の命に代えたって、ウイルを助けるよ。
「えへへおいしい」
ウイルの作った肉まんは、おやま食堂の懐かしい味をしっかり再現していた。
「お、うまそうだな!」
ガチャリとドアが開いてタウロスさんが入ってきた。
太い腕を肉まんの山に伸ばす。
「だめっ!それ私のなんだからっ!」
「いいじゃねぇか。たくさんあるんだし、もぐもぐ」
「うわわーーーっ!ウイルが私のために作ってくれた肉まんを!」
タウロスさんのバカバカっ!
ぽかぽかぽかっ!
「はっはっは。また作って貰えばいいじゃねぇか。ウイルも、リーアのためならいつだって作ってやるだろ?」
タウロスさんがウイルの意味ありげな目を向けた。
「何しにきたんだ」
ウイルは、タウロスさんに対する態度がだんだん冷たくなっていっているような気がするけれど、気のせいだろうか。
「おー、そうだ。報告だ。あの男が犯人だった。ヨガマタクル領の失格は取り消された。それだけではない。自白剤で色々と今までしてきた他領への妨害工作がすべて明らかになったよ」
妨害工作がすべて明らかにって、他にもいろいろとやってたの?
「加担していた領は減点。予選通過は絶望的となった領もある。そして、中でも悪質だったガマガエ領とブタード領は失格となった」
「ガマガエ領とブタード領?」
どこだっけ?
「よかったな、これでもう肉を踏まれることはなくなるぞ」
タウロスさんが頭をぽんぽんとする。
ああ!あそこか!失格になったんだ。
ざまーみろ!大切な食料を粗末に扱う人間なんて料理の大会に出る資格なんてないんだからね!
「あら、目を覚ましましたのね?大丈夫ですの?」
ナリナちゃんが手においしそーなケーキを持って現れた。
ケーキを凝視する。口からはよだれ。
おっと。大丈夫です。私、いつもよりたくさんハンカチを持っておりますから。
「ふふ。それだけ食欲があれば大丈夫そうですわね。これ、お見舞いですわ」
お見舞いってことは、私の?
あれ、でも、大丈夫になったらお見舞いする必要がないから持って帰るとか言わないよね?
「あとは私が見ていますわ。ウイルは今日の大会の準備を」
「え?今日の?えっと、今って、いつ?」
騒ぎがあったのは夕飯の後で、今はもう明るくなってるから次の日の朝?
「もう、お昼は過ぎましたわ。半日以上ずっと眠っていて、ずいぶん心配したんですわ」
うおおー。そんなに寝ていたのか!
「心配してくれたのね!ありがとう!」
ナリナちゃんにぎゅっ。ふふふ。皿を持っているときは回避行動ができないのを私は知っている。だから、上手にぎゅができました。えへっ。
「しっ、心配は、そりゃ少しはいたしましたが、一番心配していたのはウイルですわっ!」
うふふ。知ってるぞ。ナリナちゃんだってお見舞いっていいながら様子を見に来てくれたんでしょう。いっぱい心配してくれてたのね。ん?ってことは、タウロスさんも報告といいながら、心配して様子を見に来てくれた?
「ああーーーっ!タウロスさん、また食べたでしょう!」
肉まんが減ってる!
違う、タウロスさんは食べ物目当てだ!絶対そうだ!
「なぁ嬢ちゃん、どうして犯人が分かったんだ?」
うっ。
話を逸らすなんてずるい!っていうか、言えない。巫女の力使ったなんて。
「そういえばそうですわね。どうしてわかったのですか?もしかして、何か目撃していたの?」
えーっと……。
二人の目が私を見ている。
「に、に、匂い……」
苦し紛れに出た言葉。
「確かに、きのこには独特の匂いがあるが、あの中でその匂いをたどれるか?」
タウロスさんがうーんと考えた。
「犬並みの嗅覚ですのね。食べ物に関しては……リーアさんは何か特別な力でも発揮できるのではありませんの?ウイルもあのとき力を使うなとかなんとか言っていませんでしたか?」
うおう。そういえあ、ウイルが私を止めようと……巫女の力を使うなとか言ったかな?
「そうですわ、巫女の力とかなんとか」
ぎゃっ、ナリナちゃんの記憶力、バッジョブですよ。
「巫女の力?」
タウロスさんが怪訝な目を向けてきた。




