酸っぱいリンゴをおいしく食べよう
「これも、焼いてくださいっ!」
「はぁ?焼く?リンゴを焼くだと?聞いたこともないぞ?」
うん。私も聞いたことも見たこともない。
っていうか、リンゴっていう名前の実は初めて見るのだ。
だが、それが正解だと巫女の血が騒いでいるのだ。
「まぁいいじゃないか。焼いてやれ。嬢ちゃんの故郷の郷土料理なんだろう?」
と、勝手な解釈をして焼いてくれた。
シャキッとした見た目が、ふにゃんとした見た目に変わる。
「ありがとうございます。いただきまーす」
ふぅふぅとしてぱっくん。
ふわぁ。
「おいひいでふ」
酸っぱくない。正解だった。火を通したらあまぁくなった。
さすが私。さえてる。
「本当においしいのか?」
肉を焼いていた人が、同じようにリンゴを焼いて食べた。
「お、まじか……。ちょっとお前らも食ってみろ」
と、周りの人に進めている。
でもって、なんだかワイワイといろいろ話をし始めたので、ごちそうさまでしたと声をかけて移動することにした。
食糧庫は、食堂の建物の北側にあった。調理場のドアから20歩ほどの距離で食糧庫のドアにつく。
入り口を入って右側に、じゃが芋や麦など日持ちのする野菜や穀物がこれでもかって量おかれている。正面の奥には瓶が並んでいる。調味料類だろうか?
左側にはあまり日持ちのしない野菜や果物。それから干し肉が天井からつるしてあった。
「嬢ちゃんはどこの領の代表だい?」
「うわぁっ!」
じゃが芋の袋の影から声をかけられて思わず悲鳴を上げる。
人がいるとは思わなかった!
「驚かせてすまなかったね。私は、この食糧庫の見張り番のカシェットだよ」
「カシェットさん?私はイチール領のリーアです。あ、あの、見張りって?
「香辛料や貴重な食料を持ち出す輩がいないか見張ってるのさ。まぁ、メインはそれじゃないけどね。おっと、嬢ちゃんこっちだ」
見張り番の高齢の女性は、私の手を引いて入口から見えないじゃが芋の袋の影に再び入った。
息をひそめていると、入り口から体格の良い兵が2人きょろきょろと中の様子をうかがいながら入ってきた。
そうして、一人がぶら下がっている干し肉に手を伸ばした。
と、思ったその瞬間、私の隣にいたカシェットさんが稲妻のような速さで飛び出していった。
「こらぁーっ!つまみ食いは許さないよ!お前たちどこの隊の者だい!隊長に報告して3日間食事抜きにされたくなければすぐに出ていけ!」
手に持った棒で、干し肉を掴んでいた手をバシッと叩く。
「す、すいませんっ!お腹がすいて、つい魔が差しましたっ」
兵は自分の半分くらいしかない小柄なカシェットさんにぺこぺこと頭を下げて逃げ出した。
「かっこいい」
素早い身のこなし、正確に繰り出す棒裁き、そして小さな体から出る一喝。
「くっ。リーアと言ったかね。面白い子だね。かっこいいって言われたのは初めてだよ。鬼ばばぁとはよく言われるけどね」
はっはっはと笑って、カシェットさんは私の背中をバンバンと叩いた。
いてててっ。すごい力だ。
「で、リーアはこの食糧庫に何の用だい?」
「えっと、明日から始まる大会のための材料を見に来ました」
何があって、何がないかも知らなくちゃいけないし。材料に合わせてメニューも考えないといけない。
「ふーん、そうかい。いいのかい?ここにある材料で」
意外そうな顔をカシェットさんがする。
「え?ここにある材料を使っちゃダメなんですか?」
「いや、そうじゃないよ。どの領も優勝しようと必死になっているからねぇ。もっといい材料を各自が持ち込んでいるのさ。領主の支援があるから、金に糸目は付けずにね」
えー、そうなの?
イチール領は、優勝する気まるっきりないから、領主もお金とか出してくれないしな。使い慣れたものがいいだろうって、調味料だけはいっぱい持たせてくれたけど、他の物は現地調達するしかない。
支給された金額で買いそろえるとお金足りないし。
やっぱり、ここの材料をメインで使って、足りない物は注文するしかないよね。
「ここにあるものは何でも好きに使わせるように言われている。ないものは注文。私に言ってくれればいい。ナマモノはここにはない。毎朝、肉や魚や卵は調理場に直接届けられる。その日によって何が届くかは分からないよ」
なるほど。
「カシェットさん、今から少しずつ食料をイチール領のキッチンに運んでも構いませんか?」
「ああ、もちろんだよ。調理のリハーサル用にも使っていいからね。何がどこにあるのかわからなかったら聞いとくれ」
わーい。許可が得られた。
うふふふ。
さっきからずぅーーーーっと、気になってたんだよね。
干し肉。
一つだけ、めっちゃ極上のものがある。
見た目は他のと変わらないけれど、他のよりも絶対に3ランクはおいしいはず。
玉ねぎは、辛みの多いものの中に、いくつか辛みが少なそうなものが混じってる。煮込むのとサラダと使い分けができそうだ。
「そうだ、カシェットさん、調理場で大きなお肉焼いてたんですけど、あれに使われている香辛料?調味料?ってありますか?私の故郷では食べたことのなかった味だったんですけど」
「は?」
カシェットさんが思いっきり驚いた顔をした。
え?知らないのって、そんなに驚かれることなのかな?
「食べたのかい?」
「はい。おいしかったです」
あー、よだれが。あの味を思い出したらまたよだれが垂れてきた。カシェットさんに見つからないように袖口で慌てて拭う。
「ぷっ。珍しいこともあるもんだ。調理中に分けてもらえることなんてめったにないんだよ。お前さん、よっぽどものほしそうに見てたんだねぇ。今みたいに、よだれたらしてたんじゃないのかい?」
ぐおっ、見られてた!
よだれたらしてたの見られてた!
「肉によく使うのはこれだよ。胡椒っていうんだ。臭みが消える」
壺の一つを手にカシェットさんが蓋を取って中を見せてくれた。
ふわっと立ち上がる香り。
「あ、これです!確かに、これ!少し分けてもらってもいいですか?」
「もちろんだよ。後で入れ物持っておいで。他に何か聞きたいことはあるかい?」
その言葉に、気になっていたことを口にした。