子ども扱い
「へー、今日はフライか。どれどれ」
「タウロスさんっ!」
また来た。そして、客様用のフライを食べた。
もぐもぐ租借しながら「なるほど、そうきたか」と頷いてる。
「おーい、ルミス、料理の感想は?」
タウロスさんがテーブルで食べてる兵の一人に声をかけた。
「そんなの、うまいに決まってるじゃないですか。柔らかく煮込まれたキャベツのスープはベーコンの塩気がいい感じですし。フライも大きめのパン粉がサクサクしてとてもよく揚がっている。中の肉は柔らかくて臭みもない。食べたことのない触感ですが、ミンチ状にしてつなぎに何か混ぜてあるんですかね?」
それを聞いて、タウロスさんががっはっはと大きな声で笑った。
「そうか、うまいか!だがなルミス、中身はお前の大っ嫌いなレバーだぞ?」
ああああっ!
「タウロスさんのバカッ!せっかくレバーってバレてなかったのにっ!何で言っちゃうのよっ!」
うえええーん。
涙目でぽかぽかタウロスさんの胸をたたく。
「ま、まじですか……。全然気が付かなかった」
ルミスさんが唖然とする。
「レバーって料理次第で美味しく食べられるんですね」
でしょ、ウイルにかかればレバー嫌いもレバーが食べられるようになるとか、すごいでしょ!
「ほう、それは本当か?儂もレバーは苦手でなぁ。儂でも食べられるだろうか?」
うひょーっ!
ゴマルク公爵様の登場です。まさかの、ゴマルク公爵様がレバー嫌いとかっ!
「揚げたてをどうぞ」
ウイルがタイミングよく揚げた試食用一口サイズのレバーフライをゴマルク公爵様に差し出した。
「見た目でごまかしているだけではないのか?」
ゴマルク公爵様が、フォークに突き刺したレバーフライをひっくり返したりして見ている。
レバー嫌いからすると、レバーをこれから口にいれるんだと思うとちょっと躊躇するのかもしれない。
っていうか、図星なんだけどね。見た目でレバーだとわからないようにフライにしてあったんだけどね。タウロスさんがばらすから……。
覚悟を決めたとばかりに、ゴマルク公爵様がぱくりとレバーフライを口に入れる。
「ん?」
首をかしげるゴマルク公爵様。
「これが、レバーか?よくわからぬな。もう一つ」
と、試食用の一口大レバーフライをもう一つ食べた。
「おかしいな、儂の知っているレバーというのは、もっとこう、口の中に何とも言えない臭みが広がるんだが……どれ、もう一つ」
えーっと、もう一つもう一つって言うってことはレバー大丈夫ってこと?
「さっぱり食べたいときには大根おろしを、濃い味が好みでしたらチーズをのせるとまた違った味わいがございます」
ウイルがさらにフライを3つと、大根おろしとチーズをのせてゴマルク公爵様に差し出した。
先にチーズを、後に大根おろしを、それぞれ載せてゴマルク公爵様は満足げな顔で味わった。
「うむ。これはいい。しかし、どうやって臭みを消したのだ?」
昨日の臭い肉は確かに胡椒を使ったりいろいろと臭みを消すために頑張った。だけど今回は違う。
「いいえ、臭みを消してはいません。臭くなる前に調理しただけです。レバーは他の肉に比べて傷むのが早いのです。ですから、他の肉と同じ扱いで流通させるとどうしても臭みが出てしまいます。今回は運よく、捌いてすぐのとても新鮮なレバーを手に入れることができました」
しかも最上位牛の!うっふふー。
「なるほどな」
「イチールの街ではレバーは貧血によいと言われています。さばいてすぐのレバーを手に入れるために女性がこぞって肉屋に予約をしています」
巫女の血が鉄がどうのってささやいてるけど、意味が分からないので言わない。
「それは本当ですの?」
え?
急に背中から甲高い声が聞こえて驚いて振り返る。
今日もまたきらびやかなドレス姿のマチルダ様がいた。今日のドレスはオレンジ色。その後ろの二人の女性は黄緑と空色だ。
「はい。まぁ大体、月初めに予約を入れる顔ぶれなどある程度決まっているようですが……」
「そう、まぁ女性はねって、違いますわ!レバーは貧血によいと言うのは本当ですの?」
マチルダ様が大きく目を見開いて尋ねる。
巫女の血が、レバーは貧血にいいよーと言っているけれど、それを言うわけにはいかない。
「本当かどうかは分かりませんが、レバーを食べている女性は、食べていない女性のように立ちくらんだりしないそうです」
マチルダ夫人が試食用レバーフライを一つ口に入れる。両目をつむって苦い薬を飲むような顔だ。
「あら?これなら、大丈夫そうですわ。あとで使いのものをやるから、調理法を教えていただいてもよろしいかしら?」
「ええ、もちろんです。ですが、調理法よりも大切なのは、さばきたての新鮮なレバー手に入れることです」
そう聞くや否や、マチルダ様はさっと踵を返して去っていった。
「こうしてはいられませんわ!早く手配をしなければ!ほかの人に先を越されてはいけませんわ!」
えーっと、デジャブでしょうか。こんなシーンをどこかで見たような気が……。
「ははは。儂も妻のために手配するかな」
ゴマルク公爵様は空っぽになった皿をウイルに渡して去っていった。
「嬢ちゃんはずいぶん物知りなんだな」
タウロスさんがチーズのせと大根おろしのせも食べようと皿にのっけて立っていた。
ギクリ。物知りなんじゃなくて、巫女の血が教えてくれるだけなんだとは言えない。
「食に関してだけは貪欲ですから。だけど、神父の話もろくに聞いてなくて、猫竜様のことなどまったく知りませんよ?猫竜様がどのように子をなすのかすら知らないはずです」
ウイルがにっと笑う。
「うー、結婚してお妃さまと子供を作るんでしょ?それくらい分かるよっ!」
って言ったら、タウロスさんがぶっと、むせた。
「げほげほっ。いや、なるほど。食に関しては詳しくても他のことはからっきしか。まぁ確かに恋愛方面も疎いみたいだしなぁ」
え?待って、待って……。
「猫竜様にはすでに世継ぎがいるぞ。正真正銘猫竜のお子様だ」
「え?だって、お妃さまはいないんじゃ?あ、それとも長生きだって言うから、昔はお妃さまがいてお亡くなりになったとか?」
タウロスさんがこめかみを抑えた。そして、ウイルが早口で説明してくれた。
「猫竜の子は、猫竜の逆鱗と呼ばれる鱗から生まれる。お妃さまとの間に子をなすこともできるが、生まれてくる子は猫竜ではなく人間になる」
そうなの?全然知らなかった!
「ウイルはちゃんと学んでいるようだな。えらい、えらい」
タウロスさんがウイルの頭をなでた。
「常識だ!っていうか、子ども扱いはやめてくれ!」
ぱちんとタウロスさんの手をはねのけ、ウイルは調理を再開した。
「ああ、すまない。今のは俺が悪かった」
タウロスさんが素直にウイルに謝って立ち去った。
ふえ?子ども扱いしたのを謝ったの?ウイルはまだ子供だよ?成人してないんだもん。
そりゃぁ、ウイルは口癖のように私に「子ども扱いするな」とか「どっちが子供だ」とか言うけどさ。タウロスさんから見れば、明らかにウイルは子供なんだし……。




