食べ物くれる人はいい人です
馬車はその後、4の門を通り3の門も通り過ぎ、2の門の内側に入った。
「さぁ、私はここまでしかご一緒できません。3週間楽しかったですよ。また帰りに会いましょうね」
ガロンさんと別れ、私とウイルだけで先に進むことになった。
料理の全国大会出場者証明書みたいな書類を1の門で提示する。
「お前らがイチール領の代表か?他にはいないのか?」
門番が驚いた顔をしている。
「はい。僕と姉の二人です」
きょろきょろ。
門の中の様子を見る。
うわー、おっきな人がいっぱいだ。
筋肉すごい。筋肉すごい。筋肉すごい。
「イチール領は勝負を捨てたのか」
ぷっと、門番の後ろに立っていた筋肉がひときわすごい男が笑った。
馬鹿にしたような顔に、ウイルはむっとしたようだけど……そんなことより、そんなことより、
「すごい筋肉ですねー」
腕の太さだけで、私のウエスト以上あるように見える。
「ん?そうか?そうだろう?」
門番の後ろの男が、今度はニヤッと歯を見せて笑う。
「ついてこい、受付に案内してやる」
きょろきょろ。
「他の人も鍛えてるみたいだけど、こんなに筋肉ついてる人いないですね」
「まぁな。俺はパワーを重視した戦い方するからな」
男が腕を曲げて筋肉を盛り上げて見せる。
「すごい、すごい、ぶら下がってもいいですか?」
「ちょっ、ねーちゃんっ!」
「おう、いいぞいいぞ。坊主、お前もぶら下がれ。二人一緒でもどってことない」
坊主と言われたウイルは顔を赤くしている。
太い腕に手を伸ばしてぶら下がる。
おおー、腕一本で持ち上げられた!
そして、そのまま受付のある建物まで運ばれる。
「楽しいよ、ウイルもぶら下がったらいいよ!」
って誘ってるのに、ウイルは一人で先に行ってしまった。
「ありがとうございました」
「料理大会がんばれよ。俺はタウロス。困ったことがあれば言ってくれ」
頭をなでなでしてくれた。
タウロスさんいい人だ。
だけど、ごめんね。せっかくがんばれって言ってくれたけど、がんばらないんだよ……。
っていうか、私は料理をがんばればがんばるほど、破滅的なものが出来上がるので、がんばりようがないけど。
あ、そうそう、がんばると言えば、私、王都で婿探しをがんばらなくちゃいけないんだった。
「タウロスさん、料理できますか?」
「料理?食べるの専門だな」
がははと笑ってタウロスさんは去っていった。
「ねーちゃんっ、まさか、あんな筋肉男が趣味なのか?」
小さな声でウイルが問う。
「んー、料理ができない人は趣味じゃないよ?」
ウイルがあきれたような声を出す。
「ねーちゃんに恋愛は無理かもしれない……」
しっ、失礼な!
すんごくおいしいもの作れる男の人がいたら、めっちゃ好きになる自信あるのにっ!
「イチール領はお前たち二人か?大丈夫か?」
石造りの1階建ての建物に入ると、中にはたくさんの椅子とテーブルが並んでいた。
食堂?
なぜか受付は、食堂の奥の調理場の入口だった。
そして、なぜか受付担当の人は、エプロンをつけて片手に包丁、片手ににんじんを持っている人だった。
あれ?
「だ、大丈夫です!幼いころから両親に仕込まれてますからっ!」
ウイルが仕込まれたのは出発前の1カ月だけどね。
「いや、腕の心配をしているんじゃないんだ。2人で大丈夫か?明日から始まる予選は、毎日兵たち30人分の夕飯を作ってもらわなくちゃならないんだ。それも一月休まず」
予選?
兵たちの夕飯作りが?
「まぁ下ごしらえなどの手が足りなければ食堂の下働きに頼むことも可能だから、無理があれば言うんだぞ。それから、食糧庫にある食材は自由に使っていい。足りないものは2日前までに言ってくれれば当日配達される。自分たちで調達するならここから出せ。収支報告義務はないが、これ以上は支給されないからな、大事に使え」
と、金貨が1枚と銀貨が10枚入った袋を渡された。
「大金だぁ!これだけあれば、砂糖が」
よだれ。
よだれをぬぐってる間に、すいっとウイルに袋を取り上げられた。
「ねーちゃんっ!30人分をひと月作らないといけないんだからなっ!無駄遣い禁止!」
うぐぐっ。
無駄遣いじゃないよっ。砂糖は無駄じゃない……。
はい、ごめんなさい。なんでウイルは私の心が読めるのだろうか……。
「俺はキッチンを確認してくるから、ねーちゃんは食糧庫に何があるか見てきてくれ」
食堂の北側の壁の向こう側に、ずらりとキッチンが並んでいた。まったく使われてない真新しいキッチン。この大会用に作られたのだろう。
2つ口のかまど。調理用のテーブル。大きな水がめ3つに、洗い場2つ。
衝立に仕切られて、そんなキッチンが40ほど並んでいる。
各領地の代表があそこで30人分の兵の食事を作るわけか。
ってことは、全部で1000人以上の兵たちが入れ代わり立ち代わり食事をするってことだよね。
受付になっていた調理場の奥を覗き込む。
「あのぉ」
「なんだ質問か?」
忙しそうに包丁をふるう赤毛のおじちゃんが返事をしてくれた。
「ううん。違うんです。毎日1000人以上の食事をここで作っているんですよね。すごいなぁと思って」
「おう、そうか?」
男は私と会話しつつも手は止めない。たんたんたんと、リズムよく野菜が刻まれていく。
「すごいです、すごいですっ!」
野菜は、火の通りにむらが出ないように同じ大きさに切ったほうがいい。男の手元では見事に野菜が同じ大きさに切られている。
うん。おいしく火が通るって分かる。
別の男性は、大きな肉の塊を串に刺して火の上でぐるぐる回している。一部分が焦げないように。火が通りすぎたかたい場所とまだ焼けてない場所ができないように、ぐるぐる。ぐるぐる。
ああ、あれもおいしくできるって巫女の血が騒ぐ。
やっばい。
よ、よ、よ、よだれが!
「ふっ、なんだ嬢ちゃんお腹すいてるのか?味見するか?」
「いいんですか?ぜひいただきますっ!」
くるくる回っている肉をそいで、皿に乗せてくれた。
「いっただきまぁーーす!」
ぱくん。
「おいしーっ、おいしーです!」
食べたことのない香辛料の味がする。なんだろう。ちょっとピリッとするけど、口の中の肉の脂をすっきりさせてくれるような味だ。
「そうか。そうか。これも食べるか?」
木の実の皮をむいていた人が、一切れ皿にのせてくれた。
あ、これ……。
あんまりおいしくないと、食べる前にわかってしまった。
酸っぱいぞ。きっと酸っぱい……。でも、せっかくくれたし……。
うーんと、木の実を凝視する。
すると、ぱっと、巫女の血がささやく。