出入り禁止の男
キッチンからハンバーグを挟んだパンの包みを持って果樹園へ向かう。
ああ、さすがにこの辺りは暗いなぁ。扉、見つかるかなぁ?
「あ、扉がうっすらと光ってる。なんだ、わかりやすいように照らされてるんだ」
扉を開いて壁の向こうの果樹園へ足を踏み入れる。
暗かった場所に、次々と明かりがともるように明るくなっていく。魔法?
昼間のようには明るくはないけれど、ろうそくをいくつも使った贅沢な部屋くらいは明るい。
って、思わず関心してきょろきょろしてハッとする。
お代わりを求めていた少年が、お代わりを食べる前にいなくなっちゃったから届けてあげようと思って持ってきたけど……。
もうすっかり日が落ちたこの時間に少年がうろうろしてるはずないか。
「リーア」
え?
突然後ろからぎゅっと抱きしめられる。
「会えた」
うれしそうな声が耳元で響く。
えーっと、この声は……。
「ニーラさん?どうしてここに?」
ニーラさんの腕が離れたので体を反転させて顔を見る。
「リーアに会いたくて来たんだ。待ってた」
うーんと、ニーラさんは貴族っぽいからこういうところに出入りもできるってこと?それにしては、ここで待ってたって……?私がここに現れるの知ってたってこと?
「扉の向こうに行こうとしたら、止められたんだ。さすがに騒ぎになるからって」
えーっと、貴族も試食に訪れてもいいはずなのに騒ぎになるから止められた?
え?それってそういうこと?
首をかしげてニーラさんのきれいすぎる顔を見る。
ああ、町中でもニーラさんの顔をうっとり見ている女性は多かったし、調理中の手を止めてニーラさんをぼーっと見る人がいたら困るっていうことかな?
……うん。仕方がない。女性たちの気持ちはよくわかる。
私だって、すんごくおいしそうなものを見つけたらぼーっとして手が止まるもん。
「食べる?」
おいしいものを食べに行きたいのに行けなかったニーラさんの心境を思い図ると、涙なくしては語れない。
せめて……と、少年のために持ってきたハンバーグを挟んだパンを差し出す。
「いいのか?」
「いいよ。材料はあまりいいものを使ってないんだけど、ウイルが料理したからおいしいよ。それからね、私も材料を刻むのを手伝ったんだ。ニーラさんに食べてほしい」
料理は作れないけど、でも料理が作れたらいろいろな人に食べておいしいって言ってもらいたいって気持ちはある。
ほんの少し手伝っただけだけど、それでも私の手が加わった料理。ニーラさんがおいしいものを食べた時の飛び切り幸せそうな顔を思い出して、食べてほしくなった。
葉っぱの包みを開いて、大きな口でぱくりとニーラさんが食べた。
「おいしい」
ああ、それ。その顔。幸せでとろけそうなその顔が私は好き。
おいしいものを食べておいしいって言葉じゃなくて顔も体も全身が喜んでいるのを見るとこちらまで幸せになる。
「えへへ。よかった」
「何十年ぶりだろうか……」
はい?ニーラさんは20代に見えるけれどもしかしてもっと年取ってる?何十年ぶりなんて言葉が出てくるなんて……?
って、一口、また一口と食べていくうちに、なんだかニーラさんの体が……。
「力があふれ出る」
いやいや、力じゃなくて、あふれてるのは光だよっ!
光り輝くような美しさっていう比喩は聞いたことあるけど、目の前の超イケメンニーラさんってば、本当に光りだした。
淡い光、ほんわりとした光から、次第に目を細めないとまぶしくて見えない光になって……。
「おおおーーーーっ」
食べ終わるころには、頭上にすっぱーんと光の柱が立ち上った。
「ま、魔法?ニーラさんは光の魔法が使えるの?」
「リーア……ああ、リーア」
ニーラさんの光る両手が伸びてぎゅっと抱きしめられる。
手に込められた力は強いけれど、小刻みに震えていて……。
「ニーラさん?大丈夫ですか?その……私には魔法とかよくわからないけれど」
光っていることで苦しいとか?
どうしよう。人を呼んできた方が……。
「ああ、リーア。私にもわからない。なぜ、こんなにも今、幸せなのか……」
え?幸せ?
「苦しくはないの?」
「苦しいはずがあるものか。胸の奥が熱く、全身が震えるほどの幸福感がとめどなくあふれてくる」
「ニーラさん……おいしいものを食べたときの感動だね。私にもあるよ、全身に戦慄が走るようなこと」
ぎゅっとニーラさんを抱きしめ返す。
そこまでウイルの作った料理をおいしいって感じてもらえるなんて……。だけど、魔法使いは大変だね。おいしいものを食べて感動するたびに体が光るなんて……。
「リーア……。離れたくない。だが、これ以上力を抑えられない。リーア……必ずまた会いに行くよ」
ふっと手の中にあったニーラさんの感触がなくなる。
目の前から瞬時に姿を消してしまった。
ま、魔法ってすごいっ!本当に魔法みたいに消えちゃった!って、違う、魔法で消えたんだ。本物!
光の柱は地面から徐々に消えていく。その様子を見上げれば、頭上に猫竜様の姿があった。
「おお、3回目の猫竜様だ。光の柱が何なのか確認しに来たのかな?それとも、夜のお散歩?」
「やっぱりリーアか」
ん?
ずっと空を見上げていて気が付かなかったけれど、いつの間にかすぐそばに少年の姿があった。
「やっぱり?」
少年がちらりと大空を羽ばたく猫竜様の姿を見てから、私の顔を見上げた。
「トトに何か食べさせただろ?」
え?トトちゃんに?
「ううん。トトちゃんには会ってないよ?」
かわいいトトちゃんに会ったら、またもふもふさせてもらうんだ。それから何かおいしいものを食べさせてあげよう。何がいいかなぁ。
「ああ、そうか。リーアはトトのこと……そうだった。で、何でリーアはここにいるんだ?」
なんでここにって?
「そうだ、お代わりを用意してあげられなかったから、持ってきたんだけど」
「本当か?で、どこにある?」
「ごめんね、ニーラさんにあげちゃった」
「ちっ。リーアは俺のって言ってるのに」
ん?ニーラさんのことを少年は知ってるのかな?
「ちょっと待っていてくれるなら、すぐに取ってくるけど」
少年は少し考えてからにっと笑った。
「いいよ。俺は明日も食べに行くから。ニーラは自由にいけないけど、俺はいくらだってあっちに顔を出せるからな。じゃぁ、また明日期待してる」
「うん」




