残された料理
「肉は三種類用意してあります。フルーツソース、ワインソース、胡椒。お好みでどうぞ」
マイマインさんに教えてもらった、肉を柔らかくする方法ですりおろしたリンゴにつけておいた肉。
ナリナちゃんが教えてくれた、肉を柔らかくする方法でワインにつけた肉。
そして、あえて柔らかくする方法を何も施さなかった、胡椒で臭みを消しただけの肉。
3つとも一口サイズの試食用は用意してある。
「ふん、これはすごいな。干し肉をそのままかじったほどじゃないがすごい歯ごたえだ。これをもらおうか」
試食した結果、意外にも一番硬い肉を好んで食べる人が半分くらいいた。
そっか。そうだよなぁ。
硬くて臭いから安く売られてしまう肉。だからまずい、嫌われるっていうのは違うんだ。
好みは人によって違うんだから、硬い肉が好きな人だって中にはいる……っていうか、移動中に硬い干し肉をかじって顎が鍛えられている兵たちにしてみれば、硬い肉のほうが「肉を食べている!」っていう気がして満足感があるのかもしれない……。食堂のおじさんも言ってたし。
お代わりに並んでいる人とは別のところからごつい手が伸びて、試食用の肉が一つつまみあげられた。
誰?順番を守らないのっ!
「ほー、こりゃいいな」
「タウロスさんっ!」
他の隊の人がどうして?
「俺の担当領の飯は、うまかったんだが……肉は極上肉とかで口の中に入れたら溶けちまったよ。なんか、肉を食べているというよりも、肉を飲んでるみたいでな……。やっぱり、肉はこうじゃなきゃな」
と、タウロスさんがもう一つ試食用の肉をつまんで口に入れた。
「タ、タウロスさんっ、ダメですよっ!ほかの隊の人の分まで用意してないんですからっ!なくなっちゃいますっ!」
って言ってるのに、タウロスさんはさらに一つパクンと食べた。
うわーん、私だって、いっぱい味見したかったのに、足りなくなると困るからって、食べるの我慢してるのにぃっ!
タウロスさんのバカバカっ!
恨めし気な目を向けると、タウロスさんが「ははは、すまんすまん」と、全然すまなそうな顔をせずに笑った。
でもって、食事中のテーブルに目を向ける。
「うん、この隊にはあいつらがいたか。小食でいつも食べきれないでいたはずだな。奴らにもらうか」
え?
小食で食べきれない?いつも?
タウロスさんが歩いて行った先には、ハンバーグが半分ほどしか減ってない皿があった。
小食ってことは、やせてる人?
食べてる人の姿に目を向ける。ん?
タウロスさんと比べると確かに細い。でも、タウロスさんが特別がっちりしてるんであって、兵としては普通に鍛えられた体だ。私の二倍くらいはありそうな体格をしている。
「あれ?あの顔、どこかで見た気が……?」
タウロスさんが食べないならもらうぞと声をかけているところに急いで向かう。
「だめっ!タウロスさんっ!」
この顔は、食糧庫にお腹がすいたからと干し肉を盗みにきた顔だ!
「別に、食べないわけじゃないよ、きっと。食べるのが遅いだけで……それなのに、それなのに、食べないって決めつけてとっちゃだめだよっ!」
ううう、涙が、涙がっ!
「おい、嬢ちゃん、何で泣いてるんだ?何か、すごく俺が悪者見たいになってるじゃないか……」
タウロスさんの腕にしがみついて止める私はぼろぼろと涙を流してる……。
「だってぇ、うぎゅぎゅぅ……その日のお肉は特別においしくって、ゆっくり味わって食べようと思って取っておいたのに、食べないなら食べてやるって、父さんに奪われたときの、あのときの……うえええっ。あんなに特別な肉を食べられることなんて、何年に一度あるかないかなのにっ。食べようと思っていたものを食べられちゃう悲しみがタウロスさんにはわからないのですかぁぁっ」
ボロボロ。
「あ、いや、わかるが、その、そんなに泣くことか?」
タウロスさんが困り果てている様子を見たからか、ウイルが肉を焼く手を休めてやってきた。
「ねーちゃん、あの時は僕の肉を代わりにあげたから、ちゃんと食べられただろう?」
ほえ?
あ、そういえば、そんな気も……。
ぴたりと涙が止まった。そうだった。ここまで泣くほどの事件ではなかった。
「ぷっ。お前のねーちゃん、マジ面白いな。食べ物のことでここまで表情がコロコロ変わるとか。見てて飽きねぇ。なんか、おいしいものいっぱい食べさせてやりたくなるな」
ふおっ?マジっすか?
タウロスさんの大きな手にぐりぐりと撫でられる。
ウイルは何か言いたそうだったけど、お代わりを取りに来た人の列がずいぶん長くなっているのを見て慌てて戻っていった。
「で、お前は嬢ちゃんが言うようにゆっくり味わって食べていただけなのか?先輩や上官にくれと言われて、断れなかったのか?」
タウロスさんに問われ、男が答えた。
「い、いいえ、決してそういうわけではありません。本当に量が多くて食べられずに……」
「えー、でも訓練の途中にお腹が空いて食糧庫に行くのに?」
あ、しまった。盗みに言ったなんて秘密にしないとダメなことだよね。
「も、申し訳ありませんっ」
あわてて頭を下げる男を、タウロスは叱ることはしなかった。それどころか、笑い飛ばした。
「あーはっはっは。そうか、食糧庫にな。カシェットに阻まれて何も食べられなかっただろう。それは気にするな。だが、お腹が空くならもっと食べて置いた方がいいぞ」
お、おおう。この反応は、もしかしてタウロスさんも盗もうとした口かな?
「食べたいのですが、その……一度にたくさん食べられなくて。無理に食べると、吐いてしまい余計にお腹が空くんです」
男がしゅんと肩を落とした。
あー、いる!
一度にたくさん食べられない人っているよ。おやま食堂のお客さんにもいたもの。
その人の場合は……そうだ。
「残したものは持って帰って、時間を置いてから食べたらいいよ!」
母さんがある日、いつも残すお客さんにそう提案してた。まずくて残されてるのかな?と思って話しかけたらしい。そうしたら、一度に食べられる量がどうしても少なくて残してしまうと。
そのお客さんには家から器を持って食事に来てくれるように母さんが言っていた。残ったものは器に入れて持って帰ってもらい……それから器持参で店に来る人が増えたんだ。わざとたくさん注文して残して持って帰って食べるっていう。よくよく話を聞けば、一人暮らしだから朝食にするためだとか、家を出られない家族へのお土産だとかいろいろな需要があって……母さんと父さんは持ち帰ること前提の冷めてもおいしい料理も作ってた。
「ちょっと待ってて!」
食べ残したハンバーグとパンの乗った皿を取り上げる。
「あ、栄養豊富だから、それは食べちゃってね」
蕨のサラダはあと2口くらいなので食べてもらうことにする。
皿をウイルのもとへ運び、パンを半分に切ってもらい間にハンバーグを挟む。ハンバーグにかかっていたソースは水分が多いので挟み込めない。それをフライパンで煮詰めて水分を飛ばしてとろりとした味の濃いソースに仕上げてハンバーグにかける。
ふおう、おいしそうですよっ。




