くず肉とは
「恐れながら公爵様」
口を開くと、ウイルが何を言うつもりだねーちゃんって心配そうな顔をする。
「蕨は春を告げる山菜でございます。今回は特別に、春の訪れが遅い山に住む方から入手することができました」
ゴマルク公爵様は、もぐもぐとハンバーグを食べながら話を聞いてくれている。
「なるほど、今日、こうして食べられたのはラッキーだということだな」
「蕨を食べると、若さを保てると申します」
「な、なんですって、今、なんと?」
ふごあっ!
カラフルなデザートを皿に乗せた深紅のドレスの女性が、ドレスのすそを翻すようにして近づいてきた。
いや、え?
「蕨は春を告げる」
「そうじゃありませんわ、若さをなんとかって」
ちょ、目が血走っているように見えるんですが。えっと、ロック公爵夫人のマチルダ様だったっけ?
「蕨を食べると、若さを保てると言われて」
デザートの乗った皿をテーブルの上に置き、空いた手で肩を掴まれた。
「それは、本当ですの?」
うおっ。本当かどうかは……、ちらりと蕨に視線を向ける。
食べてね体にいいからね、食べてねってイメージが蕨から伝わる。ビタミンEの抗酸化?ちょっと意味の分からないイメージも頭に浮かぶ。
なんだろう、それ。
健康だと若くいられるっていう意味なら間違いないけど……。とりあえず、一般的な話をした方がいいよね。
「イチール領では、毎年春に蕨を食べている山間の村人が、海沿いの者より若々しいのでそういわれております」
マチルダ様は、デザートの乗った皿を放置し、蕨の乗った皿を手に取って食べ始めた。
「若さを保てるのか。猫竜様にもぜひ食べていただきたいが、来年の春までお預けなのか……残念じゃのぉ」
ゴマルク公爵様が小さくため息をついた。ああ、自分が食べたいだけじゃなくて、本当に猫竜様の体の心配もしているんだ。自分が食べたいだけで料理コンテストを開催したと誤解してごめんなさい。
「え?来年の春まで食べられませんの?どういうことですの?」
マチルダ様がショックを受けた顔をしている。そんなに蕨が気に入ったの?
「確か、蕨を干して保存する方法があったかと……」
ふと、干物を干からびた魚だと言った少年を思い出した。貴族の人たちは、保存用に干した食べ物を干からびたものだと口にしないのかもしれない。
でもね、干したほうがおいしくなるものっていっぱいあるんだよ。保存目的だけじゃないんだよ、干すの。
そうだ、酸っぱいリンゴも干したらおいしくならないかな?干しブドウみたいに。
そういえば、干しブドウも3の円の店では小ばかにして扱ってなかったよね。やっぱり貴族は干したもの食べないの?
「干す?干し肉のように?教えなさいっ!」
そうそう、干すといえば干し肉もあった。ん?干し肉はいいの?
「まだ、春の訪れが遅い山であれば蕨は収穫できるでしょうから、収穫したものを……ん?ウイル、どうするんだっけ?ちゃんとえぐみを抜かないとお腹壊すんだっけ?干す前にあく抜き?使うときにあくぬき?ん?」
混乱する私に、ゴマルク公爵様が言葉を挟んだ。
「ははは、マチルダ様、儂も興味があるでの。家の者を後ほど派遣してじっくり教えてもらおうじゃありませんか。加工より前に、まずは蕨の入手ですぞ」
「そうですわね!ほかの者に先を越されるわけにはまいりませんもの」
食べていた皿を戻し、マチルダ様はデザートの乗った皿を持った。ゴマルク公爵様もハンバーグを食べる手を止める。
「そうじゃ」
このやり取りを、やや腰を引いて頭を下げたまま聞いていた男にゴマルク公爵様は話しかけた。
っていうか、まだいたのか……いやがらせ肉踏みつけ男。
「くず肉とは何のことじゃ?」
ハッと、男は顔をあげる。顔色は真っ青だ。
「儂の耳は節穴ではないぞ?」
ガタガタと震えだす肉男。
「儂はまだこの者たち、イチール領の作る料理を食べたいと思っておる。言っている意味は分かるな?」
ふえ?言っている意味って……。
ゴマルク公爵様、また食べにくるつもりなの?
兵たちは入れ替わり別の人になるから、毎日同じ料理を作っても問題ないかと思ってたのに……。
また、別の料理作らないとダメとかウイルの負担が!
と、ウイルのことが心配になってウイルの顔を見る。
あら、なんか、楽しそうな顔してる。ああそうか。ゴマルク公爵様がまた食べたいと言ったってことは、おいしいって言ってもらえたようなものだものね。そうね。おいしいって言ってもらえるのうれしいもん。
ウイルは本当に料理が好きなんだ。
……あ、予選を通過したら、お城で働けるって……。
ウイルがおやま食堂を継ぐ気がなかったとしても、料理を続けることはできるんだよね。料理をする仕事につけるんじゃない?カシェットさんが言っていた。お城で1年働けば箔が付くって。お城で働いた後、自分の店ももてるんじゃないだろうか?
全然予選通過なんて考えてなかったけれど……。ちょっと頑張った方がいいのかな?
ゴマルク公爵様が去った後も、しばらく肉男は動かなかった。小刻みに震えていたので単に動けなかっただけなのかな。
「おーい、お代わりないのかー」
「ここにあるの食べていいのか?」
おっと、こうしてはいられない。兵たちの食事はまだ終わっていないのだ。
「食堂のルールと同じでメインの料理は一人一つで終わりです。まだ食べたりない人はこちらの肉かじゃがいもをどうぞ」
両手をあげて、こっちだよーをアピールする。
30名の兵のうちの四分の一くらいの人たすぐに立ち上がって皿を持ってきた。
「じゃがいもって、料理じゃなくて茹でただけ?」
うぐぐっ。
私が作ったって言ったら、少年はリーアが料理したんだって言ってくれたもん。料理だもんっ。
とはいえ、実はこの反応はあらかじめ見越している。ウイルが言ったんだよ。
料理コンテストだからな、じゃがいも一つでも何らかの期待をしているだろう……って。
「まぁまぁ、おひとつどうぞ、だまされたと思って」
藻塩を振ったじゃがいもを一口サイズにして試食用に用意はしてあるのですよ。
ころりとお皿の上にじゃがいもを乗せる。
「ん、んん?んんん?」
一口くらいならと素直に食べてくれた兵の目が見開いた。
「あれ?じゃがいもって、こんなにおいしかったか?もしかして、特別なじゃがいもを使ってるとか?」
ふっふっふ。
使っている特別はじゃがいもじゃなくて塩の方です。
「3つくれ。それから肉」
大きなじゃがいも3つに、肉!ビックサイズのハンバーグと蕨サラダとパンを食べた後なのにすごいな。
よかった、じゃがいもいっぱい用意しておいて……。




