始まりの銅鑼が鳴る
「ちっ。い、今だけだからなっ」
ウイルが顔を赤くして、スプーンを口に運んでくれた。
にゃによー。小さい頃はよく食べさせてあげたでしょうにっ!恩義を忘れたか!
何?食べさせるふりして半分自分の口にいれてたじゃないかって?
うっ。よく覚えてますこと……。
ぱくり。
うまぁ~。うまうまなのぉ。わらびが食べられなかったおじさんにこれ食べさせてあげたいわ。
おいしいよ、ウイルって口に出す前にウイルが満足そうな顔で笑った。
「次はこっち」
それから、別の料理もスプーンですくって口に入れてくれた。
はー、こっちもおいしい。
さいっこーです!あの硬かった肉があら不思議。
「そうか、どっちもおいしいか」
「え?なんで分かるの?まだ、私、味見の感想言ってないよ?」
よくわからなかったから、もう一口味見させてとか言ってもっと食べようとか思ってたのに。
「顔でわかるよ。僕の一番好きな顔してる」
ん?
ウイルの一番好きな顔?
ウイルの言葉にドキッとする。
おねーちゃん大好きって最後に言ってもらったのはいつだったか。ウイルの口から私が好きだなんて聞く日がまた来ようとは!
今、私、どんな顔した?鏡、鏡、またウイルに好きって言ってもらわないと!
「よし、ねーちゃんのうまいのお墨付きだ。あとは仕上げて盛り付けるだけだな。何とか間に合いそうだ」
よかったー。
国を守る兵や騎士様にひもじい思いをさせずに済むのね。
プワワーーッと、大きなラッパの音が鳴り響いた。
音のした方に視線を向けると、いつの間にか即席の小さな舞台ができていて、壇上に食いしん坊なっかーま公爵様……えっと、ゴマルク公爵様だっけ?の姿があった。
左手に真っ白な皿、右手にフォークが握りしめられている。ぐおっ、食べる気満々ですな!
「ただいまより、ニャンドラ王国料理全国大会予選を開始する」
開会の挨拶に続いて、予選の審査員となる兵や騎士たちが順に入場して一番手前から着席していく。つまり、公爵領などがある遠いところから順に着席していくのだ。それを見守る代表たち。
……っていうか、遠目にも、公爵領担当のテーブルすごい。
なんか、野菜の飾り切りっていうの?
1メートルくらいの高さがある猫竜様の彫刻が野菜や果物で作られてる。
そうかと思えばその隣のテーブルには、中央に3段重ねのケーキ。その周りにフルーツ山盛り。
その隣は、豚の丸焼きがでーん。
そうか、料理は見た目のインパクトも大事だよね。
肉を踏みつけたガマガエ領は、食器が豪華だ。高価な陶器の食器を使っている。しかも、カラフルな絵まで入っている。いったい1枚いくらするのだろうか。その皿の上に、上品に料理が盛られている。
メインのお肉はこぶし大だ。そこに、野菜が添えられ、模様を描くようにソースがかけられてる。すごい。
さすが全国大会に出てくるだけのことはあって、見たことのない盛り付けの素晴らしさだ。
ブタード領は、薄く切り出した石を皿代わりにしているようだ。お盆のような大きな石の上に、お手玉の用にかわいくいくつも料理が盛られている。焼いた魚、煮た魚、飾り切りした生野菜、デザートのフルーツ、焼いた肉、蒸かした芋、ジャムの乗ったパンに、とろけたチーズがのったトマト。何種類もの料理を一皿で味わえるのか。楽しそうだ。
カジヤンさんとカジタナさんのテーブルは、白いテーブルクロスが敷かれていた。色とりどりの花が飾られ、そして何より特徴的なのは、カジヤンさんとカジタナさんが頭に白いリボンのついたカチューシャをして、真っ白なフリフリとかわいらしいエプロンをつけてテーブルの端に控えていることだ。
すごいなぁ。料理だけではなく、それを提供する場どころか人まで演出するんだ。
ナリナちゃんのところは……。
ぐおっ。
他のテーブルからは感じることのなかった、おいしいオーラが、おいしいぞぉオーラが!
テーブルにはスープと、ステーキと、サラダとパンといういたってオーソドックスな料理が並んでる。それとは別に、食後に配膳するために用意してあるデザートが!
ああ、あの色はきっと特産品のオレンジを使ったものだろう。2種類のケーキと、それからなんだろう?ゼリーっぽい感じの何か。それから色とりどりにフルーツが盛られたビスケット?
やっばい!食べたい!
デザートたちがおいしいぞオーラを放ちまくっている!
よーだーれーがー。
だめだめ。
次に入ってきた隊は、マイマインさんのところに着席していく。
マイマインさんのテーブルには白いスープときのこを炒めたもの。それから魚とパン。
あああ、おいしいぞって声がすべての料理から聞こえる。
ふらぁ~り。
「ねーちゃん、どこ行く気だ」
ウイルに肩を掴まれてハッとする。
うう、つ、つい。
「うっわー、はずれだよなぁ」
「だなぁ、これはちょっとないな……」
「あの噂本当だったんじゃないのか?」
「ああ、わざとまずい料理を出すってやつか?」
目の前のテーブルに着席する兵たちの声が聞こえてきた。
むむっ。
確かに、見た目ははずれだ。
テーブルを飾るとか、そんな発想は全然なかったし、ぎりぎりの食材で作ったから味と量以外への配慮が足りなかった。
30名の兵の背は丸まっている。
がっかりっていうのがどうにも隠しきれてないようだ。
ううーっ。
「全員席に着いたようだな。では、審査、はじめ!」
公爵様の合図で、一斉に食事が始まった。
騎士たちは上品に。兵たちは、ガツガツと。
イチール領のテーブルの人間は、のろのろとフォークを手に取り、誰が一番初めに食べるんだといった様子見をして料理に誰も手をつけないでいた。
うぐぐっ。
ウイルの作った料理はおいしいのにっ!




