ニャンドラ王国の王様は猫竜らしい
「イチール領は辺境なのでね、王都まで馬車で三週間かかるんだよ」
なんと、王都までは領主様が出してくれた馬車で移動です。馬車の中には、私とウイルと領主様のところで働いているという50代の男の人。執事をしていたけれど、役目を息子に譲ったから私たちのお目付け役と旅行を兼ねての同行らしい。
「しかし、お前たち二人で大丈夫なのか?」
当然のことを尋ねられた。
「大丈夫です」
巫女の能力があればなんとかなります。
にこっと笑って答えたら、ウイルに足を踏まれた。
なんでぇ。
「両親にはしっかり仕込まれています。若いので不安を感じるかもしれませんが、イチール領の代表として優勝できるように尽力いたします」
うん。うん。
出発までの1カ月、確かにウイルは両親にみっちり仕込まれていた。
私?
せめて魚のうろこ取りくらいできるようにって練習したよ。
……なぜか、身がそげるんだよね。不思議。
「いや、優勝はしなくて構わないとイチール様はおっしゃっている」
ふほ?
「どういうことですか?」
弟の声色がほっとしたものに変わった。必ず優勝してこいと言われるプレッシャーがなくなったからだろう。
「噂だが、国王主催の料理コンクールだが……。優勝した領地から妃を迎えようとしているらしい」
え?そんな意味合いがあったの?
「どの領地も、妃を輩出したいと熱心だが……。イチール様は娘を溺愛していてな。妃になってしまっては父親といえどもおいそれと会うことすらできなくなるから、差し出したくないと」
「ああ、だから優勝しなくていいということなんですね……」
ううん?
イチール様のお子様って……。
「まだ3歳でお妃さまになるの?いやいや、王様、何考えてるの?ちょっと無理があるでしょう?」
「ね、ね、ねーちゃんっ!しぃっ!」
ウイルが慌てて私の口を押えた。
「国王陛下のことを悪く言ったら天罰が下るぞっ!」
もごもご。
「リーアさんはあまり王家に興味がないようですね」
執事さんが苦笑している。
「我がニャンドラ王国の国王は、人ではありません。人化した猫竜様です」
あ。
「そうだった、聞いたことある!この世界には5人の竜王様がいるんだよね。それぞれが人化して人の国を治めて戦争をなくしてくださったって。それって本当のことだったんだ」
すごーい。
「私の住むニャンドラ王国の王様は、猫竜様で、西側の国が蛇竜様だっけ?えっと、あとそれから……わっかんないやっ!」
「ねーちゃん、もうちょっと神殿の礼拝でまじめに話を聞こうか……。すいません、こんな姉で」
「ふふふ、構いませんよ。王都から離れた地では、猫竜様の飛ぶ姿を見ることもありませんし。おとぎ話みたいな感じになってしまっても仕方ありません」
「王都に行くと、飛んでいるの?本物のドラゴンが見られるの?す、す、すごいっ!」
元執事のガンロさんが笑った。
「さぁ、どうでしょう。この30年は誰も飛ぶ姿を見たことがありませんから……」
「そっか、残念……。って、え?30年?王様って、何歳なの?お妃さま探してるくらいだから若いんじゃないの?」
50歳と3歳の夫婦を想像して一瞬ぞっとした。うわー、ないわ。ない。親子どころか孫とじぃじどころか、ひ孫と曾祖父といってもおかしくないよ。
「竜族は人と違った時を生きていますから。猫竜様は、人の数倍の寿命をお持ちです。現陛下は80歳ですが、人で言えば20~30歳でしょう」
「へー、そうなんだ。ガロンさん詳しいね。すごい、すごい」
パチーンッ。
うごうっ。ウイルがデコピンかましてきた。
「ねーちゃんが知らなさすぎっ!」
って思いっきり声を上げたところで、ウイルがはっとして頭を下げた。
「失礼いたしました、ガロン様……。つい、いつもの調子で……みっともないところをお見せしてしまいました」
ガロンさんははははと笑って許してくれた。
「構いませんよ。いつもの調子で。その方が私も楽しい旅ができますからね」
確かに、ガロンさんからいろいろな話を聞くのは楽しかったけど……。
「何とか、料理大会開始までに間に合いましたね……」
3週間ずっと馬車でした。宿にすら泊らず……寝台馬車ってあるんだって初めて知った。携帯食も食べ飽きた。楽しくなかった……。主に食事面で……。
王都は五重の円になっているらしい。それぞれが高い壁で区切られ、門をくぐらないと通行できない。
中央の円にはにお城がある。。
1の円には騎士や兵士の宿舎や詰め所。
2の円は貴族の屋敷。
3の円はお城や貴族御用達の店や、役職付きの城勤めの住まい
4の円はお城の下働きや貴族の屋敷で働く人、騎士や兵士の家族の家。
外円と呼ばれる場所がいわゆる庶民の生活する場所らしい。
さすが王都。広くて賑わいもすごい。
外円の大通りを進む馬車の中から街を見る。
ふわぁーっ!
屋台だ、屋台!
あの大きな肉串はおいしいと、巫女の血が騒ぐ。
あっちの魚を挟んだパンも美味だと巫女の血がっ。
あ、あかん。よだれが、よだれが垂れる……。
「どうぞ」
真っ白なハンカチが差し出された。
「うっはー、す、すいません、ありがとうございます」
垂れるじゃなくて、すでに垂れていたようだ。
ガロンさんが差し出してくれたハンカチで拭う。拭っても拭ってもよだれが……っ。
「ねーちゃん……」
ウイルよ……仕方ないだろう。ずっと代り映えしない携帯食だったのだから。