老婆の動き
「儂はな、おいしいものを食べるのが大好きじゃ」
ぬおうっ、公爵様ともあろうお方が、なっかーま!
「猫竜王様にもな、おいしいものを食べてほしくていろいろと工夫を凝らしておるのじゃが、いまいち食欲がなくてな。年々食が細くなり、元気もないご様子で、儂は心配なのじゃ」
え?猫竜王様が元気がないの?
大空を飛んでいる姿を思い出す。あれで、元気がない?
「公爵様っ!」
家来の一人が、ゴマルク公爵の言葉を遮った。
「おっと、そうじゃった。猫竜王様が元気がないなど、他国に知られては問題じゃったな。だが、大丈夫じゃろう。儂が猫竜王様のために、このコンテストを企画したのじゃ。大会スタートの前日とスタート日の本日、猫竜王様の元気は戻り、大空に羽ばたかれた」
ほ?
もし、それが本当だとすれば……。
猫竜王様も、おいしいものは正義!っていうタイプ?親近感わくですよっ!
「儂のおかげじゃ」
公爵様がどや顔で胸を張ると、たわわなお腹がぶるんと揺れた。
「そうです。公爵様のおかげでございます」
すかさず家来が合いの手を入れる。
「そうじゃろう、そうじゃろう。決して儂が各地の美食を味わいたいがために企画をごり押しして通したわけじゃないのがこれで証明できるわけじゃ」
あー、そうなの。ゴマルク公爵様が各地の美食を味わいたくてごり押ししたんだね。
なんという権力の使い方!食いしん坊の鏡!
「おや?ゴマルク公爵様ではございませんか?」
やけにきらびやかなドレス姿の女性が三人が現れた。ドレスの色は、深紅に紺青に山吹。カラフルだぁ。
「おお、これはこれは、ロック公爵夫人マチルダ様、このようなむさくるしい場所でお会いするとは思いもよらぬことで」
ゴマルク公爵様の言葉に、深紅のドレスを着たマチルダ様という扇で顔を覆ったご婦人が返事をした。
「猫竜王様のお妃さまを決める大事な大会ですもの。様子を見に来ることが不思議だと言われるのは心外ですわ。ねぇ」
後ろに一歩下がっていた紺青と山吹のドレスの二人が頷く。
「予選の審査員は兵士や騎士だと言うじゃありませんか。しっかり見て回りませんと、どのような不正がなされるかわかりませんものね」
「ええ、色仕掛けで兵をたぶらかして票を集めている者もいるという話ですし」
ちろりと、山吹がこちらを見た。
ち、ち、違う、してない、色仕掛けなんて!
ぶんぶんぶんと頭を横に振る。
あ、でも、なんかナリナちゃんにくぎを刺された気もしないではない……。
「公正であるために、兵や騎士以外……我々も試食をするというのをお決めになったのはゴマルク公爵様ですわよ。お忘れになりましたの?」
不正回避のためっていうか、食べたかったのね。ゴマルク公爵様。
「おお、それは忘れておらぬぞ。だが、舞踏会でも女性方はほとんど食事をなさらぬからな、まさかと思ったのじゃ」
「ふふふ、料理だけではなく、珍しいデザートも出されると聞けば、来ないわけにはまいりませんわ」
と、会話しながら去っていった。
え?兵や騎士の30人分以外に、貴族とか食べに来るの?試食分も作らないといけないってこと?
えっと、聞いてない。
「ウイル、大変だよー、なんか、30人分じゃなくて、もう少し必要みたい」
「そうみたいだな……なんか添え物でも増やすか。ねーちゃん食糧庫行ってきて」
はーい。
「寄り道はだめだぞ!」
は、はい。
食糧庫に直行。
「また食料を盗みに来たか!」
ぶんっと、音を立ててほうきが降ってきた。
ぎゃーっ!
とっさに頭をかばう。
「おっと、すまんすまん。間違えたわい。足音が聞こえたんでな。この時間帯は腹を空かせて干し肉をかすめ取ろうっていうハイエナどもがうじゃうじゃわく時間だからの」
ほうきはぴたりと頭の数センチ上で止まった。
うおう、何気にガシェットさんってすごい剣の達人みたい。
「えー、うじゃうじゃですか?」
「うじゃうじゃは大げさじゃな。週に2、3度は湧いて出るぞ?で、何を取りにきたんじゃ?」
カシェットさんは食糧庫の隅の椅子にゆっくりとした動作で腰かけた。
うーむ。どう見ても老婆。あんな素早い動作で箒を繰り出すようには見えない。謎だ。
「えーっと、何にしようかな……」
「なんじゃ決めておらんのか?」
カシェットさんにあきれた顔をされた。
「急に、その、追加することになって。えーっと、肉料理に添えるもので、お腹が膨れる何か……」
カシェットさんが、迷わずじゃがいもを指さした。
じゃがいも?
「本当かどうかわからぬがな、肉といっしょにじゃがいもを食べると胃の働きがよくなるそうじゃ」
へー、そうなんだ!
じゃがいもの山を見る。
うん。なんか、じゃがいもがそうだよー、だから食べてねと言っているように感じる。
それに、マイマインさんに食べ比べさせてもらった藻塩をかけただけのじゃがいも。おいしかった。
おっと、思い出しよだれが。
きっと、藻塩をかけたじゃがいも、他の人もおいしいって思ってくれる。
よし、決めた!
じゃがいもの山から、おいしくて、皮をむかなくても食べられるものを選び出す。
ウイルが皮むきを今からしてたら間に合わないだろうからね。私が皮むきすると食べる場所なくなるし。
これはダメだ。皮をむかないとお腹が痛くなるやつ。こっちは大丈夫。これはダメ。
「ふーん、いい目をしてるね。どうだい?城で働くことになったら食糧庫を手伝わないか?」
え?
「城で働く?」




