男という生き物
「あのね、この肉は、硬くて臭いの。だから安かったの」
うんうんと、ウイルが肉の特徴を聞いてくれる。
「でもね、お店の人の肉の扱いはとても丁寧だったから、いい状態だよ」
これは大事。
いくらいい部位の肉でも、生ものの扱いはむつかしい。
腐っていたり、傷んでいたり、食べたら病気になってしまうこともある。見えない何か悪いものが巣くっていることがあるのだ。
時折、真っ黒な穴みたいなものが肉に見えることがある。そういう肉を食べた人が寝込んだという話も聞いたことがある。
「そうか」
「うん。あとね、ウイル、この肉を見て思い出したの」
肉を見て頭に浮かんだ一つ一つをウイルに伝えていく。
ウイルはうんと頷くと、ニッと再び笑って私の肩をポンッと叩いた。
「この肉であいつらをぎゃふんと言わせてやろうぜ」
あいつら?
ぎゃふん?
ウイルの視線が、肉を踏みつけた男たちのキッチンに向いた。
あれ?
「彼女が教えてくれた」
キョトンとすると、ウイルがナリナちゃんたちの方をちらりと見た。
そっか。ナリナちゃんがウイルに話をしてくれたんだ。
「じゃぁ、早速調理に取り掛かろうか。リーアは」
私に手伝えることは洗い物と、材料運びくらいだ。
「あれ、頼むわ」
おっと、あと一つ。唯一包丁を持って手伝えることがありました。
「任せて!」
作業に取り掛かろうとしたらウイルがぽつんとつぶやいた。
「なぁ、リーア、ボリューム増やすのに、ソレ混ぜたらどうなる?」
どうなるっていうのは、おいしくなるのかならないのかってことだ。
「大丈夫!」
「そっか。じゃぁ、ソレも頼む」
「りょうかーい!」
そうして、せっせと二人で料理をし始めて2時間くらいたったころ、タウロスさんが現れた。
「おいおい、お前ら大丈夫なのか?」
「あ、タウロスさんだー。大丈夫ですよ、料理全般ダメな私ですが、手伝えることもあるんです。それに、ウイルは両親にしっかり仕込まれていますから」
作業しながら会話はできないので、手を止めてタウロスさんの顔を見る。
「いや、そうじゃなくてな……」
そうじゃない?
「材料調達で別の領に邪魔されて十分な材料が手に入らなかったそうじゃないか」
タウロスさんが声を潜める。
あ、そっちの心配?
そうだよね、食べるものがないと困るもんね。
「大丈夫ですよ、街で買ってきましたから。お腹いっぱい食べられますよ」
にこっと笑えば、タウロスさんの顔がゆがんだ。
「いや、その買ってきた肉が問題なんだろう?噂で聞いたぜ。ずいぶん臭くて色の悪い肉を買ってたって。イチール領が作る料理を食べる奴らはかわいそうだなぁって……。まぁ、お腹が空くよりはましだけれど、今日イチール担当の隊は訓練でも落ち込んで士気が上がらない」
へ?
「夕飯においしいものが食べられないかもしれないって、それで訓練に身が入らないんですか?」
びっくりしてちょっと大きな声が出る。
「あー、いや、まぁな。ほら楽しみがあるかないかってのは大事だからな……」
気まずそうにタウロスさんが頭の後ろをかいた。
聞いたか、ウイルよ!
ここには食いしん坊が集まっている!わはははっ。
私だけじゃないんだよ、おいしいものが食べられるか食べられないかでやる気が違ってくるの!
「うん、ねーさんが何を考えているのかは分かる。つまり、ねーさんは脳筋と同じ思考回路ってことだね」
は?
脳筋?何それ?
「言っておくけど、僕の知ってる女の子は食べ物につられてやる気を出すのは5歳までだからね?それからはかわいくなりたいとか、好きな子に気に入ってもらいたいとか、褒められたいとか別の動機でやる気を出すんだよ?」
う?
「あはは、ちげーねー。男はいつまでも食べ物でやる気出せる生き物だもんな。だから胃袋を掴まれて結婚するわけだ。だが、女はおいしいもの食べさせたって振り向いちゃくれねーもんなぁ。指輪の一つも買てやらないと」
はっはっはとタウロスさんが面白そうに笑った。
ま、ま、待って、ちょっと待って!
「それって、私が5歳児と同じだとか、男と同じだとか、つまり、女失格……」
ガーン。婿探しとか、無理なんじゃ……。
「一生結婚できる気がしない……」
ごめんなさい、母さん……。
「大丈夫だよ、ねーさんみたいなのが好きだって男もいるから」
ウイルが私の心を読んだのか、ふーとため息をつきながら口を開いた。
ため息が気になるが、慰めようとしてくれてる気持ちがうれしい。
「そうだ。嬢ちゃん。夫婦で美味しいものに目がないとか、ある意味理想の姿だぞ」
タウロスさんの言葉に、一瞬空気がピリッとなった。
「タウロスさん、夕飯を心配して来たんですよね?」
あれ?ウイル、何か怒ってる?
「心配はご無用です。ねーさんがいるかぎり、まずいものを食べさせることは絶対にありませんから」
ウイルがタウロスさんに挑戦的な目を向ける。
「そうですよ、タウロスさん、ウイルが料理するんですから、大丈夫です。えへへ。楽しみにしててって伝えてくださいね」
優勝を狙っているわけじゃない。
だけれど、まずいものを食べさせることはしない。
おいしいって言ってもらえることがウイルは大好きだって知ってる。私に遠慮して料理を熱心に両親から学んでなかったけれど、父さんや母さんの手元をいつも食い入るように見ていたもの。
だから、たった1カ月の修行でもみるみるウイルは腕をあげた。
やっぱり、食堂はウイルに継いでほしい。
……ウイルはいやかな……。




