飛翔する猫竜
ふおうっ!
腕を入れて二人を抱きしめていたのに、首根っこをつかまれて、あっさり引きはがされてしまった。
「ああ、ナリナちゃんっ!」
広げた腕の行き場がなくて、そのまま姿を現したナリナちゃんに抱き着いた。
うん、ちゃんと両腕が背中まで回って、抱き心地いいわ。
「ちょっ、だから、リーアは何で、そうなるんですの?」
「えへっ、うれしくて。あのね、ナリナちゃん、夜はごちそうですよ~」
っていう私の説明を聞いてもナリナちゃんは納得してはくれなかった。
「その砂にまみれた肉は何ですの?イチールの料理法?ずいぶんへんてこりんですわね?」
砂まみれにさせる料理法?その発想はなかった!
そういうものです!っていう手もあったか!
いや、嘘がバレた時がやばいか。
「それがな、ナリナ……いやがらせというか、妨害というか……」
ダリさんがさっきあったことを、ナリナちゃんに簡単に説明した。
それを聞いたナリナちゃんが鼻息を鳴らす。
「ふんっ。よっぽどガマガエ領とブタード領は料理に自信がないようですわね」
うわー、なんかすごい冷たい目を浮かべた。
「そんなことより、リーアはさっさと街に出て新しい肉を調達してくる必要があるのではなくて?お兄様も下準備がまだ終わっていませんわよ。それからマイマインさんも、肉の仕込みという仕事が増えたのですからこんなところでいつまでも油を売っている場合ではございませんわ!」
「あはは、そうだね。じゃぁ、お互いコンテスト初日がんばろう」
マイマインさんがお肉を乗せたお盆をもってキッチンへ戻っていった。
「困ったことがあったら相談してくれ」
ダリさんが手を振って戻っていく。
「ありがとうございます!」
ダリさんの背に声をかけてから、ナリナちゃんに向き合う。
「素敵なお兄さんね!」
「あ、当たり前です!私のお兄様ですものっ!って、お兄様はあなたには差し上げませんからねっ!」
いや、その心配は不要だよぉ。
ダリさんの手は料理上手な感じじゃないもん。っていうか、料理の手ならウイルがいるし。
それに、どちらかというと……。
「ダリさんよりも、もっとナリナちゃんと一緒にいたいっ!」
だってさ、私たちの様子を見て心配してきてくれたんだよね。気持ちが切り替えられるようにてきぱきと指示してくれたんだよね。優しくていい子だよ。
ぎゅっと抱き着こうと腕を広げたら、さっと身をかわされた。
ぐぬぅっ!ウイルのかわし身の術と一緒じゃないかっ!もう習得したの?うるり。
「さっさと買い物に行く!」
ナリナちゃんに背中をドンっと押されて、足が出た勢いでそのまま門へと向かった。そう、ナリナちゃんの言う通りだもの。早くしないと、時間が無くなって料理をするウイルが困る。
門の手前でカジタナさんとすれ違った。
「ダリ様は、あんただから助けたんじゃないからね。誰にでも優しいから助けただけなんだから、勘違いしないことね!」
ん?
振り返ると、カジタナさんにぎろりと睨まれた。
勘違い?何の?
確かめようと思ったけれど、カジタナさんは小さな籠を手にキッチンの方へ急ぎ足で去っていった。
そうそう、忙しいんだった。今はそれどころじゃないんだ。
今回は、王室御用達の店のある3の円には寄らずに直接円外へ向かった。
馬車の中でハッとする。
おおうっ!
資金の入った袋はウイルが持っていたんだ!今私が持ってるのは自分のお金だけ。
……足りるかな?
……戻る?でも時間もないし……。とりあえず、戻るにしても持っているお金で買えるだけのものは買ってから戻ろう。長時間煮込んだりしないといけないものを作るなら本当に時間が無くなっちゃうもの。
えーっと、30人分のお肉か。
タウロスさんの姿を思い浮かべる。
私の3倍くらい大きなタウロスさんなら、私の3倍くらいは食べるだろうか?そんな兵たち30人分のお肉って、どれくらい必要なんだろう?
……お金、絶対足りない……。っていうか、せっかく外円に行くんだから、買い食いもしたかった。
「おい、見てみろ」
「あ、あれは!」
「猫竜様だ!まさか、猫竜様のお姿を2日続けて見られるとは!」
活気あふれる街の市場。
おいしぃぞぉとめっちゃ主張する焼きトウモロコシに目が釘付けの私の耳に、人々の騒ぐ声が聞こえてきた。
猫竜様?
空を見上げると、ぶわぁっとすぐ上を巨体が通り過ぎていく。
「うわー、すっげぇ」
「猫竜様ーっ!」
人々が両手をあげて猫竜様に手を振っている。
誰もが笑顔だ。王都に来ることになるまで全く猫竜様とか知らなかったけど、王都の人々の熱狂ぶりを見るとすごい存在なんだなぁって思う。
ってか、王様か。すごい人……じゃなくて、猫じゃなくて、すごい竜なのは当たり前か。
と、わけのわからない思考を展開しているとパチンと猫竜様と目があった……気がした。
空高く飛んでいる猫竜様。目の色が何色かもわからないくらい遠くににいるのに目が合うとか変だよね?
猫竜様は王都の上空をぐるぐると旋回して姿を消した。
「おっと、いけねぇ、焦げちまった!」
そのとたん、焼きトウモロコシ屋の店主が悲鳴を上げる。
ふおっ、猫竜様を見上げていて、手元がおろそかになったんだね。
でも、そのちょっと焦げ目がついた感じがまたおいしいぞぉって言ってるんだよぉ……。
「しゃぁねぇ……これは半値にするか……」
ぬ?
「おじさーん、それ、」
半値なら、買うっ!
お金心もとないけど、すんごいチャンスなんだもん。だって、その半値のトウモロコシ、他のよりも甘みが強くてしゃっきりしてて絶対おいしいって巫女の血が言ってるんだよ。
「店主、これをいただこう」
半値になったトウモロコシにお金の乗った白い手が伸びた。




