キラキラ
メインの食材と言えば、肉とか魚とかだよね。
カシェットさんが、生ものはその日の朝に調理場に届くって言ってた。
調理場の裏手から声をかける。
「すいませーん、料理大会に使うために肉とか魚とかを見せてほしいんですが」
すると、すぐに魚があふれんばかりに入った大きな桶を持った男が出てきた。
それに続いて、両手でかかえるのがやっとという大きな肉を持った男が出てくる。
「おや?イチール領の、何しに来たんだ?」
肉を持った太った男は、なんという名前だったか……藻塩の瓶を落とした男だった。
そして魚を持った細い目の男は、塩に砂を混ぜた男……。
「食材をもらいに」
「ぷっ。こんな時間に食材をもらいにだと、笑わせてくれるなぁ」
「本当に。まだ何か残ってると思ってるのか?」
え?
「残念だが、これが最後の肉と魚だ」
二人はおかしそうに笑った。
「だいたい、前日に到着するところから舐めすぎてる。足りない食材の注文は2日前までにって言われただろう」
確かに言われた……。
って、あれ?もしかして明日の分を昨日注文しなくちゃいけなかったってこと?
でもって、今日の分は、どうやっても注文できなかったってこと?
「さて、肉も魚もなしで、どんな料理を作るのか楽しみだな」
「はははっ。干し肉のスープでも作るんじゃないか?それとも、今から街で買い物か?」
くっくっくと笑いながら二人が去っていく。
それと入れ替わるようにして調理場からおじさんが顔を出した。
「あれ?イチール領の」
「おじさん、肉も魚も残ってないって本当?」
おじさんが申し訳そうな顔をして冷たい箱まで案内してくれた。
「そうだなぁ……。魚はもうまったくない。肉も、30人前そろうものはないなぁ。」
豚の脂の多いところ。4,5人分くらい。
牛の脂のないところ。5人分くらい。
豚の骨からそぎ落としたばらばらの肉。4,5人分。
同じく、牛のばらばらになったいろんな部位の肉。4,5人分。
見たところ、問題ない。特別おいしいよーって声はないけれど、傷んでいてやばいっていう声もない。
「もらっていい?」
「ん?ああ、もちろん。だが、これで大丈夫か?他の領はすごい量の肉や魚を用意しているぞ?兵士は思った以上に食べるぞ?」
「ありがとう。ウイルならきっと何とかしてくれる。あ、それから明日の分の注文をしてなかったんだけど……
「あー、今からだと、希望通りのものが手に入らないかもしれないが……」
「大丈夫。特に希望はないから、えっと、30人分の肉か魚。なんでもいいの。量だけあれば」
よし。明日は何とかなりそう。
問題は、今日だよなぁ……。
「ぷっ。なんだよ、そのゴミ」
もらった肉を運んでいると、笑い声が聞こえた。
ゴミ?
王領や公爵領代表のキッチンからだ。
むーっ。ゴミじゃないのにっ!
そっちはどんな立派な肉を使ってるのよっ!
って思ってちらりと見ると、でっかい肉の塊がでーんと調理台の上に載っていた。
赤いところと白いところがまだらになってる。
あ、あれ、焼くと柔らかいだろうな。
っていうか、柔らかい肉は食べた気がしないとかなんとか言ってなかったっけ?
柔らかくしても、量があれば満足するのかな?
「なんだ、ごみ箱はこっちだぞ?」
また、ゴミとか言う!ゴミじゃないし!
っていうか、貴族の食事はこういう部分をゴミで捨ててるわけ?もったいない!
信じられない!
十分食べられるし、むしろ、煮込むのに切る必要がなくて便利じゃないのっ!
大きな肉の一部をざっくりと切ってゴミ箱に放り込んでいた。
え?
いや、ナニソレ?なんで捨てちゃうの?
「なんだ、ゴミが欲しいのか?」
「残念だなぁ。ゴミとはいえ、別の領に渡すわけないだろう」
「そりゃそうだ、お前の持ってるゴミよりも、こっちのゴミ箱の中身の方が明らかに豪華だからな」
ハハハと笑い声がこだまする。
声が聞こえた両隣のキッチンからも笑い声が漏れている。
信じられない。
肉も魚も野菜も……すべての食べ物は命をいただくこと。感謝すべきなのに、ああして捨ててしまうことが当たり前なんて。
おいしくない。
味は良くても、彼らの作った料理はおいしくない。
……
片目をつむり、料理をしている手元を見る。
ああ、やっぱりだ。
おいしそうな”色”をしていない。
濁った灰色。それから濃い紫。
これは、ウイルも両親も知らない話だ。
ぼんやりとしたイメージで、おいしいものが分かる私。
ある日気が付いた。片目をふさいで食べ物を見ると、そのぼんやりとしたイメージが色となって見えるってことに。
ううん、ちょっと違うな。
ぼんやりとしたイメージとは別のもの。その食べ物が外部から与えられた気にようなものだ。
父さんが「おいしくなるんだぞ」と言いながらかき混ぜた鍋。かき混ぜればかき混ぜるだけ、きらきらと輝きを増していった。
ウイルが半分に割って分けてくれた果物。
おねーちゃんにあげるって手に乗せた果物も、ウイルの気持ちを受けてきらきらしてた。
きらきらしてる食べ物は、おいしいの。
王領代表の扱う食材は、きれいな色をしていない。
兵たちにおいしいものを食べてもらおうって気持ちが全然ないんだ。
どんな気持ちで料理をしているの?
おいしいって言ってもらうのうれしいのに。
食堂の調理場に視線を移す。




