一生おいしいものを食べるために
「ちょっ、ねーちゃん、その手を離せって!」
ウイルが私から干し肉と砂糖を奪おうとする。それを父がたしなめた。
「わかったよ、リーア。そんなにその干し肉が欲しいなら……。別の干し肉とすり替えて返そう」
その手があったか!
「父さん……」
でも、砂糖が……2キロの砂糖が……。
そうだ!
「これ、塩と入れ替え」
ゴチンッ!
「ねーちゃんも、とーさんも、そんなことしてバレたら牢屋行きだってわかってんのか?」
痛い。
弟が頭を思いっきり叩いたよ。姉を何だと思っているんだ……。
え?
食い意地の張ったバカ姉だと思っている?
うううっ。
「だって、だって……だって……」
食べたいんだもん。
「じゃぁ、一口分だけでも……」
ゴチンッ。
いったぁーい。
ウイルがまた頭をたたいた。暴力反対!
「なによぉ。ウイルのけち」
「けちじゃないっ!かーさんも黙ってないで、ねーちゃんに言ってやってくれよ」
母がにっこり笑った。
ああ、この笑顔は、逆らうことを許さない笑顔だ。
きっと、あきらめなさいって言われる。さようなら、私の極上干し肉と砂糖……ぐすっ。
「店は休めないから、リーアとウイルの二人で参加すればいいんじゃない?」
はぁ?
「王家主催だから、往復の馬車、王都での滞在にかかわるすべての費用、それに安全も保障されてるんだから。王都旅行のつもりで二人で行ってらっしゃい」
思わず目が輝く。
「それって、それって……」
よだれがつつっと一筋垂れそうになって慌てて手で拭う。いや、もうすでに垂れてしまったので拭ったのだけど。
干し肉も砂糖も返さなくていいってことだよね!
「母さん、何いってんだよ!誰が料理するんだよっ!」
「もちろんウイル、あなたが料理をするのよ。リーアに料理なんてできるわけないでしょう?」
はい。その通りです。
「俺だって、父さんや母さんのように料理なんてできないぞ?それに、ねーちゃんと二人だけで半年もなんて……嫌だからな!」
母のあの笑顔に逆らおうとは、ウイルも強者だわな。
母の目がきらりと光った。ほうら、知らないよ?
「ウイル、おやま食堂が潰れてもいいと思ってる?」
おおう。こ、怖い。顔は笑ってるけど、怖い。
「どうせ、国の中でも最北端にある小さな田舎の領よ。王都の誰も、そんな田舎のイチール領の料理に期待などしていないわよ。だから、代表者が参加したっていう事実さえあれば問題ないわよ」
そんなもんかな?
母がそこまで言っているのに、まだウイルは首を縦に振ろうとしない。
そりゃぁ、私と二人だと、いろいろとウイルに迷惑かけちゃうこともあるかもしれないけどさ……。
そこまで嫌がることないじゃないかー。おいしいもの見つけて突進しないように我慢するし。人前でよだれダラダラたらすのも我慢するからさっ!
たった半年我慢すれば、干し肉と砂糖が手に入るんだよ?
何?寝ぼけて起しに行ったウイルの腕を肉と間違えてかみついたの怒ってんの?うぐぐっ。だって、あれは夢の中で……。はい、ごめんなさい。
「いいかいウイル、各領から料理の腕自慢が集まってくるんだよ」
はっ!
それって、もしかして、各地のおいしい料理が食べられるってことなのでは?
噂に聞いたことがある郷土料理を想像して、またもやよだれが。
母が顔に張り付けていた笑顔を捨て、鬼気迫る表情で、ウイルの両腕を掴んでゆすった。
「リーアの婿を捕まえておいで!大勢料理人が集まるなら一人くらい物好きがリーアを気に入ってくれるかもしれないだろう?リーアが店を継いだら、1日でつぶれちまうんだよ!」
えー、3日は持つと思うんだけど。母さん厳しい。1日って……。
「料理ができる婿がリーアに見つからなければ……ウイル、お前がおやま食堂をつぐんだ。わかったね!」
「ねーちゃんの婿……」
ウイルは複雑な表情を見せる。
父が、そんなウイルの頭を撫でた。
「母さんは、ウイルが遠慮して家を出ていくと思っているんだよ。遠慮することはないんだ……。だけど、もし本当に外の世界にあこがれがあるのだとしたら、王都へ行って色々見てくるといい。そして、自分のやりたいことを見つけてくればいいんだよ」
父さんの言葉に、ウイルが頭を下げた。
「わかった……王都に行ってくる……」
母さんがウイルの頭を撫でた。
「リーアの婿が見つからなかったら、ウイルがリーアと結婚しておやま食堂を二人で継いでくれてもいいんだからね?」
ウイルが真っ青になった。
一生ねーちゃんの世話なんて冗談じゃないとか思って真っ青になってるね?失礼なっ!
「かっ、必ず、ねーちゃんの婿を見つけてくるよっ!」
母がにっと笑った。
「二人とも、王都で頑張ってくるんだよ」
きゅっと、ウイルに奪われなかった砂糖の壺と極上干し肉を抱きしめる。
「うん。王都でいっぱいおいしいもの食べられるように頑張ってくるっ!だから母さんも、砂糖と干し肉を大事に取っておいてね!」
ゴチンッ。
痛っ。何すんのよウイルッと思ったら、ウイルじゃなくて母さんのこぶしだ。
「リーア!あんたは何を聞いていたの……。婿よ、婿を探しに行くのよっ!料理のできる男を捕まえていらっしゃい!」
え?
「む、む、む、無理だよ、私に男を捕まえるなんてっ!」
母さんの手が私の両腕を掴んだ。ぎりぎりと指先が食い込む。
「あんたは、せっかく人並みよりは多少かわいく生んでやったってのに……食べることにしか興味がないなんて……どうしてそんな残念な人間に成長しちゃったのよっ」
あううー。だって、巫女の血が、私においしいものを教えてくれちゃうんだから……。
「リーア、おいしいものを死ぬまで食べたいだろう?」
母さんの肩をポンポンと軽くたたいて父がなだめる。
「じゃぁさ、おいしいものを作れる男の人と結婚すれば死ぬまでおいしいものを食べられるんだぞ?」
ふおっ!
そ、そうか!
気が付かなかった!
「お前のその巫女の能力で、一生おいしいものを作ってくれる男も見つけられるはずだ」
おおお!
「わかった、父さん!おいしい男見つけてくる!」
と、私が父さんと盛り上がっている横で、母と弟が同じようにこめかみを指で押さえていた。
何で?