はぐはぐ、もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ……
「はっはっは。すまん。わからないことがあったら聞いてくれ」
「ねーちゃん……」
ウイルが盛大なため息をついた。
うううっ、だって。
「ウイル、今日、3の円のお店に飾ってあった絵を見たでしょう?」
「は?絵?」
「なんか、お姫様とか貴族の人たちのパーティーの絵だよ。ドレスを着た女性たちはみんな扇子で口元を隠してたじゃない」
お盆にのせられた食事を、イチール領のキッチンに近い席まで運ぶ。
「ドレスを着ると、コルセットで締め付けられて食べられないっていうし、パーティーだからきっとおいしい食事がいっぱい用意されてるだろうし、あの扇子はよだれが垂れるのを隠すためだと思うのよね!」
ウイルが椅子に座りながらまたため息をついた。
「たぶん違うと思う……」
食事食事。
いっただっきまーす。
故郷での食事の前のご挨拶をして、まずはお肉を。
ん?
あれれ?
よく煮込まれてトロントロンに柔らかくなったお肉を想像していたけれど……。
結構しっかり歯ごたえあるぞ。
使っている肉の違いなのか、よく煮込んであるように見えただけなのか、それとも、肉を柔らかくするための方法を知らないのか……?
「どうした、口に合わなかったか?」
さっきのおじさんが手に小皿をもって立っていた。
「いえ、想像していたよりも歯ごたえがしっかりあったので、びっくりしただけです」
「ああ、それな。柔らかくしちまうと、すぐに食べ終えちゃうだろう?もっと肉をくれってうるさいから、しっかり歯ごたえを残してあるんだよ」
にゃるほど!
いっぱいカミカミしたほうが、長い時間お肉を味わえるっていうことですな!
「そうそう、これ、嬢ちゃんに教えてもらってからリンゴをいろいろ加工してみたんだよ。よかったら食べて後で感想を聞かせてくれ」
おじちゃんは持っていた小皿をテーブルの上に置くと厨房へと戻っていった。
小皿のリンゴが、おいしいよーって主張してる。うん、うん。待ってて。あとで食べるからね!にひゃっ。
もぐもぐ。
お肉、もぐもぐ。
お肉、かみかみ。
お肉、もぐもぐ……。
顎が疲れてきた。本当だ。少し歯ごたえ残すだけで、こんなに肉を長い時間堪能できるんだ。
柔らかく煮込んで口の中でとろけるのもいいけど、こういうのもおいしい。
おっと。お野菜も食べなくちゃね。スープの野菜は、肉とは逆ですごく柔らかく煮込まれてる。
……野菜嫌いな人にもいっぱい食べてもらえるようにっていう工夫だろうか。おいしい。おいしいけれど、新鮮な野菜の、野菜本来のおいしさは消えちゃってるね。野菜もおいしいんだけどなぁ。
もぐもぐ。
かみかみ。
と、食べている間に食堂にわらわらと騎士や兵士たちが入ってきた。夕食の時間になったのだろうか?
お盆を持った兵士たちが私とウイルを物珍しそうに見ている。
うっ、そういえば、料理大会に出る人ってあんまり食堂の料理食べないって言ってたっけ。えーっと、邪魔だよね。早く食べてどいた方がいいんだよね?
急いで食べたいけど、でも、かみかみ。かみかみ。うえーん。肉がおいしくていっぱいかみかみしてからじゃないとごっくんしたくないよー。
「よっ、二人ともいっぱい食ってるか?」
どしんと、私とウイルの前の席にムッキムキなタウロスさんが座った。その隣には名前は分からないけれど甘いものは遠慮してくれと言っていた細い兵士が座った。
二人が座ったことで、遠巻きに見ていた兵士たちもいつものようにそれぞれ席について食事を始めた。えっと、急いでどかなくても大丈夫そうです。よかった。
料理大出場者は、1の円の兵舎か、2の円にある領主の屋敷か、領主の用意した3の円の宿か、4の円の宿舎に寝泊まりするらしい。
うん、イチール領の領主は優勝する気ゼロで、やる気がないので……兵舎です。はい。ウイルは新兵が寝泊まりする大部屋に放り込まれるそうです。それでもって、私は大会のために急きょ建てられた女子宿舎で寝泊まりです。利用者がほぼいなくて、4人部屋に1人です。
明日もおいしいもの食べられますように。
むにゃぁー。おやすみなちゃい。
「おはよう、ウイル!よく眠れた?」
イチール領のキッチンに向かうと、ウイルが早速じゃが芋の皮むきを始めていた。
「同室のやつがうるさくて、なかなか寝付けなかった」
ウイルがため息をついた。
「うるさいって?歯ぎしりやいびきなら父さんで慣れてるでしょ?」
「違うよ、ねーちゃんには彼氏がいるのかとか、質問攻め」
ウイルが昨晩のことを思い出してむっとする。
「え?質問攻め?」
うわー。思わず顔が笑う。
「なんだよっ、何喜んでるんだよ。同室のやつら、みんなタウロスのミニチュアみたいなもんだぜ?」
にこにこ。
「じゃぁ、いい人達ばかりなんだね」
ウイルがなぜかどんどん不機嫌になっていく。
何で?
いい人たちと同室で、いろいろ質問してくるってことは、ウイルと仲良くしようとしてくれてるってことで……。
「そ、そりゃ、悪い人間じゃないとは思うけど、でも、だからって、ねーちゃんは渡さな……いや、何でもない」
ん?私がなんだ?よく聞こえなかったけれど……。
「悪い人間じゃないってことはいい人だよね。よかったね、いい人と友達になれて!」
私にはナリナちゃんっていう友達ができたけれど、ウイルと同年代っぽい子がいなくて心配だったんだ。
同室の人と仲良くなれたならよかった。
「とっ、友達じゃないっ!」
ウイルがふるふると頭を振る。
「ほら、ウイル、朝食なくなっちまうぜ、行こう!」
「あ、お姉さんおはようございます」
「僕ら、ウイルと同室の者です。背の高い順に、ランス、ルドルフ、ロベルト、です。さぁ、お姉さんもご一緒に朝食をいただきましょう」
ウイルの背中を、ポンポンポンと叩く少年たち。
15歳になりたての新兵。ウイルと2歳しか違わないけれど、鍛えているだけあって本当にタウロスさんのミニチュアだ。
ふふふ。ウイルもうまいこと言うな。
「ウイルと友達になってくれてありがとう。仲良くしてね」
姉としてしっかりご挨拶をしたのだけど……。
「「「「はい」」」
にかっと白い歯を見せる3人と
「友達じゃないって言ってるだろ!」
あら、ウイルったら。ナリナちゃんみたいなこと言ってる。うふふ。もうすっかりみんなと仲良しさんなのね。
「あっ、ナリナちゃーん、一緒に朝ごはん食べよう!」
ナリナちゃんを発見して腕をぐいぐいと引っ張る。
「あ、紹介するね、あっちはウイルのお友達ラー君ルー君ロー君。こっちは私の友達のナリナちゃん」
にこにこ。
「友達じゃない、ただの同室だ!」
「友達になった覚えなどありませんわ!」




