すいません、垂れました
「さっきから、ちょろちょろちょろちょろと、目障りなんだよっ!」
随分太った男の人なので、声が大きくて響く。
その声を合図に、キッチンから2,3人の人が出てきた。両隣のキッチンからも、数人出てくる。
「そうだ。俺たちの将来のかかった大事な大会の邪魔をする気か!」
「ご、ごめんなさい、そんなつもりはなくて、私はただ……」
手に持っている小瓶の蓋を開ける。
「イチール領特産の藻塩と……」
「何だっ!高級品の藻塩の自慢に回ってるのかっ!」
説明も途中で聞いてもらえないよぉ。違うの。自慢じゃないの。交換してほしくて……。
太った男の言葉に、隣の領の代表が顔をゆがませた。
「はっ。いくら高級な塩を使おうと、しょせん塩だ。そんなもの使ったって優勝できると思うなよ」
いやいや、優勝する気なんてないですよ……。
「優勝できないと思っているから、兵士に媚びを売ったり、厨房で情報仕入れたり、王領や公爵領代表にご挨拶に行ったりしてるんだろうよ」
え?
「汚い手バッカリ使いやがって」
「こうやって、俺らの周りをちょろちょろしたり、塩を見せたりと、イラつかせるのも作戦のうちか?」
ちっ、違うのに。
優勝なんて全然狙ってないし……。
「私はただ、藻塩と何か交換してほしくて……」
すいっと小瓶を差し出すと、太った男が払いのけた。
「冗談じゃないぞ。その塩を使って優勝すればしたで、塩のおかげだって恩を着せるつもりだろうっ!騙されるかっ!」
カシャンっと、瓶が床に落ち、中の塩がこぼれた。
「あーあ、マーティンやりすぎだ。争い事を起こしたら失格と言われただろう」
後ろに立っていたマーティンと呼ばれた太った男の後ろから、お揃いのエプロンをつけた目の細い男が出てきた。
目の細い男は、しゃがみ込み、床にこぼれて広がった塩を手で寄せ集め、瓶の中に入れた。
「あっ」
まだ小瓶の中にはきれいな塩が残っていたのに……。
「ああ、ごめんね、床の砂が混じっちゃった」
目の細い男が、小瓶を私の手に持たせた。
「でも、少し砂が混じったって分からないよね。どーせ、初めから混じってたんでしょ?塩専門店で見た白い藻塩よりずいぶん薄汚いし」
「ちげーねー。はははっ」
「よかったなぁ、騎士様たちに砂食わせたんじゃ、首が飛んでたぜ、俺たちのおかげで命拾いしたな」
おかしそうに笑いながら、集まっていた男たちはそれぞれのキッチンに戻っていった。
……ショックだ……。
いろいろと私の行動を勘違いされてしまったことは仕方がない。
幸いイチール領は何のプレッシャーもないけれど……。優勝しろと言われていて、皆必死なのだろう。
イチールの塩を馬鹿にされるのも仕方がない。塩は白いと思っている人が見れば、確かにきれいには見えないかもしれない。
私は、食べ物のおいしさが直感で分かるから、見た目で判断することはないけれど、他の人たちが見た目で判断することは知っている。
だけど、料理をする人が……それぞれ代表として来ている人たちが……。
食べ物を、塩を、こんな風に扱うなんてショックだ。
どんなものだって、丁寧に感謝して扱わないとだめだって……。いつもおいしい食材が手に入るわけじゃない。ちょっと古くなった野菜も、苦みの強い野菜も、それでも粗雑にしちゃだめだって……。
おいしく食べてもらえるように手をかけてあげるのが、料理人の仕事なんだよって……。
そんなまずそうなもの捨てちゃえって言った私に父さんは教えてくれた。そして、父さんの手で、まずそうだと思った野菜がおいしく生まれ変わるのを何度も見てきた。
……。
料理をする人は、皆そうなんだと思っていたから……。
ショック。
塩の入った小瓶を床にわざと落とすとか、砂をわざと混ぜるとか……。
とぼとぼ。
ショックです。
……。
「ねーちゃん、夕飯食べようぜ。ここにいる間は食堂の食事食べ放題だってよ」
うそっ!私って、めっちゃ幸せ者じゃない?!
あ、いけない、よだれがっ!
「おじちゃーん、ご飯、夕飯ちょうだい!」
「いいのか?食堂の料理で」
ん?
いいも何も、こんなにおいしそうなものを目の前で作ってるのに、食べないわけないじゃないですか!
よだれが垂れる。
早くおくれ。
その煮込んだ肉っ!
「ああ、先ほど聞きました。他の領の皆さんは試作品を作り、試食を兼ねた食事をしていると」
ウイルの言葉に、おじちゃんが声を潜めた。
「まぁ、それもあるが……中には兵士どもの食べる食事なんか食べられるかっ!という人もいてね……料理大会で優勝した領から、猫竜様が妃を選ぶっていう話は聞いたかい?それで、どの領も必死でね。料理大会に、お貴族様お抱えの一流料理人もたくさん来ているんだよ」
そんな話どうでもいいから、早く、肉、肉!
「どの領もじゃないですよ。イチール領主は、娘を差し出したくないから頑張るなって」
ウイルも声をひそめておじちゃんに言っている。
ぐぅーっ。
「くっ、嬢ちゃん、すごいお腹の音だね。よだれも出そうだ。お待たせ、たくさん食べな」
「ありがとう、おじちゃんっ!」
私のお腹の音を合図に、やっとおじちゃんがお盆の上に料理を出してくれた。
手のひらサイズの分厚いお肉がメイン。すごくよく煮込んである。ビーフシチューの肉だけバージョンみたいな感じ。
それから、野菜たっぷりのスープ。こっちは透き通った色のスープだ。
あと、パンの代わりにじゃがいもが1つ載っている。
「肉は一人1つだからお代わりはない。スープはお代わりできる。じゃが芋もお代わりできるが、あっちに積んであるパンを食べてもいい。アルコールは出せない。水はそこにある。朝食は」
と、朝食の時間やら食堂の使い方やら、食器の返し方やら、いろいろと説明してくれてるけど、私の目は肉にくぎ付け。
ああ、我慢しきれず、ついに……。
ぽつん。
よだれが垂れました。
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虐められているはずなのに、緊迫感の無さはなんだろう……。




