灰とりんごとわらび
「まぁいいや。わらびの下処理したいんだけど、まだかまどに火を入れてないから、どっかでもらってきてくれないか?」
ウイルはすでに籠にはいった大量のわらびの中に別のものが混じっていないか、傷んで食べられないものはないかの選別を終えていた。
「そっか、まだ何も作ってないから、かまど使ってないもんね。わかった。灰をもらってくるね。」
鍋を一つ掴んで、食堂の厨房に向かう。
え?近くの領のキッチンにもかまどがあるって?
べ、べつに、さっき食堂の厨房でお肉もらったから、またもらえないかなぁなんて思ってたりなんて……。
いいじゃんっ。どこでもらったってさっ!
「おや、嬢ちゃん、今度はどうしたんだ?」
「えへへ、灰をください」
鍋を差し出すと、驚いた顔をされた。
「灰?何に使うんだ?」
何って、私たち料理コンクールに出場するんだから、もちろん……。
「料理です」
「え?灰を食べるのか?イチール領では、灰から塩を作ると聞いたことがあるが、灰を食べたりもするのか?」
正確には、塩をいっぱい含んだ藻を燃やして灰にして作るんだけど……。
「えっと、料理って言っても下処理に使うだけで、洗い流すので食べたりしませんよ」
……塩の代わりに藻を燃やした灰をそのままつけて食べたりする人がいたことは黙っておこう。
それでもって、灰を煮詰めて塩を作るときについでに煮ちゃえって思った昔の人が、この下処理を発見したとかいう話も黙っておこう。
苦みやえぐみが、なぜか灰でなくなるんだよね。どんな食べ物でもというわけではないんだけれど、わらびは灰で美味しく食べられるようになる。
「まさか灰で……といいたいが、嬢ちゃんの言うことだ、嘘じゃないんだろうな。リンゴも焼いたらおいしくなったし。その灰を使った下処理を教えてくれないか?」
え?
やばし。
たかが下処理だけど……。
料理の腕は壊滅的な私だ。
灰をまぶすだけとか、そんな簡単な作業も、灰を吹き飛ばしてあたり一面灰だらけにするとか……失敗が目に浮かぶようだ……。
どうしようか……と、黙っていたら
「すまない。それぞれの領地の秘伝の方法を教えてくれというのはマナー違反だったな」
ん?
秘伝?
いやいや、別に誰も秘伝だなんて思ってないよ?
「秘伝ではないですし、えっと、教えるというか、今からこのいただいた灰を使って実際に弟が作業するので、見に来てもらった方が早いかなぁ……と」
「いいのか?そうか。じゃぁ、お礼に一つ、私も教えてあげよう」
え?
お礼は、何かを教えてくれるんじゃなくて、食べ物がいいですっ。
今そこで、おいしそうに煮込まれてるお肉がいいですっーーーっ!
って視線で訴えかけてみたけれど、通じないっ。
ウイルなら分かってくれるのに!ナリナちゃんもきっと分かってくれるのに!
「あの酸っぱくてまずいリンゴな……、まずいんだが食べると胃の調子がよくなったり、疲れが取れたり、頭痛がしなくなったり、何かと健康にはいいみたいなんだ。だから、無理にでも食事に出してるんだよ。体のことを気遣うのも、我らの仕事だからな……」
ぬおっ!
実家でもそうです。
母さんも「肉ばかり食べて、野菜も食べなよ、これはおまけだ」って出してあげたりしてます。
そうか。リンゴかぁ……。
まずくても、健康のために食べたほうがいいんだ。
「それが、焼けばうまくなると分かったんだ。みんな喜ぶよ」
なでなでと、頭を撫でられながらイチール領のキッチンまで来ました。あとはウイルに任せて、私は……。
藻塩と特産品のぶつぶつ交換行商にでかけますにょ。
むっふー。
他の領は何をもってきてるのかなぁ?
一番遠くの領は、王都のある王領の西部代表。その隣が王領の東部、さらにその隣が南部、北部。
それから、その隣は公爵領代表がふたつかみっつ続いて、そのあとは……。
「スパイ行為はやめたまえ。特産品を教えてほしいと言いつつ、メニューなどの探りを入れるつもりだね?」
って、言われたり……。
「藻塩と交換?はっ、必要ありません。4の円ですべての種類の塩は入手していますからね。ところで、その塩は本当に藻塩ですか?ずいぶんと変な色をしていますね?泥水を吸ったみたいな……」
って、これ本物の藻塩だよ。白い方が藻塩じゃないんだよ。
「敵に塩を贈られるというのは何の冗談ですかな?」
敵じゃないよ。贈るんじゃなくて、交換だよぉ。
「あはははっ、何かの裏工作ですか?お引き取りください」
裏工作?
「やっだぁ、イチール領はぁ、ろくに食材も準備できなかったのぉ?恵んであげてもいいけど、勝負に情けはかけちゃだめって師匠の教えだからご、め、ん、ね。とっとと失せろ」
ひゃー。
……。ぐすんっ。
マイマインさんやナリナちゃんのところみたいに、誰も交換してくれないんだよぉぉ。っていうか、話すら聞いてくれないよぉ。
「おい、小娘」
ん?
もう他の領代表に声をかけるのをあきらめて帰ろうと歩いているところを声をかけられた。
「はい」
ちょうど並んでいるキッチンの真ん中くらいの位置。
服装を見ると、奥の方の人たちとは明らかに違う。王領や公爵領代表の人たちは、びしっとお揃いの白い服を身に着けていた。
声をかけてきた人のキッチンにいる人たちは服装はマチマチで、お揃いなのはエプロンだけだ。
もしかして、あの人たちとは違って話をしてくれる感じ?




