おじさんの荷物
ひゃっ。くすぐったい。
耳に彼の声と息が届く。
「私の名は……」
彼が名を名乗ったので、私も自分の名前を教えなくちゃと思った瞬間、彼の唇が私の額に移動した。
「ええっ?」
おでこにチューされちゃいましたっ!
驚いて、おでこを両手で押さえる。
や、びっくりして顔赤くなってないかな?
視線をさまよわせたそのすきに、彼の姿は人ごみに消えて見えなくなっていた。
「ねーちゃん、あいつはダメだからな!」
ん?ウイルが何か言っています。
「何が駄目なの?」
「なんか、金持ちそうで、身分とか違いそうだし……料理は絶対できないと思う」
「うん、そうだね。金貨とか普通に持ってたし。料理どころか、水仕事も力仕事もしたことのないようなきれいな手だった。で、それの何が駄目なの?」
ウイルが深いため息をついた。
はぁーーーーーーーーっって、何秒続くため息だよ。
「いや、相手がいい男でも、ねーちゃんには関係なかったな……」
ん?
何が言いたいのだ、ウイルよ!
「今の男、おいしそうじゃなかったんだろ?」
「うん。おいしいものを作り出せる手はしてなかったよ」
でも、ちょっとだけいい匂いがした。おいしいものとは違うけれど、いい匂い。
「さぁ、他にも何があるのか見て回ろう」
ウイルに言われて市場散策を再開する。
早速、おいしいもの発見。
「ねーちゃん、頼むからよだれは我慢してくれっ!それから、買ってその場で食べるのも禁止」
えっ、えええーーーーっ!
「ウイル、だって、でも、うぐぐぐぅ」
我慢、しましたよ。ええ。
ハンカチが2枚よだれまみれになるくらい我慢した。
でも、おかげでいっぱい見て回れたし、いっぱいおいしいもの買えたのだ。
しかも、3の円とは違ってめっちゃリーズナブルでした。わーい。
もちろん、あの干した果物もゲットしました。なんと、ブドウを干したものだったのです!干しブドウっていうんだって。
残念ながらオレンジは見つからなかったけどね。
背中に背負った袋はぱんぱん。ウイルの持ってる斜め掛けの鞄もパンパン。
「ウイル、ちょっと待って」
道端に座り込む30過ぎの男の人の姿が目に入った。
上下着古された洋服は洗っても落ちない土汚れがついている。農民かな?
買い物に来たのか、できた作物を売りに来たのか。座り込む横に、大きな籠が置いてあった。
「何、ねーちゃん」
「あの籠から、懐かしい食べ物の匂いがする」
実際には鼻に感じる匂いなんてしないけど、センサーがそう告げている。
「おじさん、それは?」
籠には布がかけられていて中が見えないので、話しかけてみた。
「ああ、これか……。昔、もうどこだったか覚えていないんだけど、食べたことがあっておいしかったという話を子供たちにしたんだよ」
おいしかった?ってことは、食べ物に間違いない。むふっ。
「そうしたら、いっぱい取ってきてくれたんだ。だけど、家で食べてみたけれど苦みやえぐみがあってとても食べられたものじゃなくて……。王都までくれば、おいしく食べられる方法を知っている人がいて買ってくれるかもしれないと来たものの……。誰も食べたことがないって言われて……。せっかく取ってきた子供たちになんと言えばいいのか悩んでいたところなんだ」
「見てもいいですか?」
おじさんは籠にかけてあった布を取って中を見せてくれた。
「うわー、ウイル、ほら、これ!」
中をのぞいたウイルが首を傾げた。
「え?今の季節のものだっけ?おじさん、もしかしてちょっとここよりも寒いところから来たの?」
「ああ、何でわかるんだい?春の訪れが遅い山間に住んでるんだよ。もしかして、二人ともこれを知っているのかい?」
籠の中にいっぱい入っているわらびを一つつまんだ。
「はい!私たちの町では春の味覚として一般的ですよ。といっても、山が少ない土地なので、運がよくないと食べられないんですけどね……。それが、こんなにたくさんあるなんて夢のよう!食べると若さを保てるって言われてるんで、取り合いなんですよっ!」
にひゃーと思わず顔が緩む。
甘いとか香りがいいとか、特別おいしいとかそういうたぐいのものじゃないんだけど。
食べれば春が来たって思えるし、それにやっぱり体の調子がよくなる気がする。若さを保てるっていうのも嘘じゃないような気がするんだよね。
あと、癖になる。
なんか、無性に食べたくなる味なの。
「そうなのか?だったら、お嬢ちゃんにあげるよ」
「ふえ?いいんですか?いえ、買わせてください。お金を払います」
「どうせ、荷物になるからどこかに捨てて帰ろうと思っていたところなんだ」
捨てるですって?
おじさんが疲れた表情を見せる。
「子供たちには、捨てたっていうよりも、あげたと説明できる方がいいからね。もらっておくれ」
「おじさん、この背負い籠ってどこで買ったの?」
ウイルの質問におじさんはすぐに答えてくれた。
「これは村で冬の間に自分たちで作っているから買ったものじゃないんだ。王都ではどこで売っているか知らないんだ、ごめんね」
「おじさんは、この籠がないと困る?」
「ん?いいや。村に帰ればほかにもあるし……」
「じゃぁ、背負い籠と中のわらびの代金。王都での価値がわからないから、故郷での値段で悪いけど……」
ウイルが軍資金の中から銀貨を一枚とりだしておじさんの手に渡した。
「え?こんなにもらえないよ」
恐縮するおじさんの手にお金を握らせて、ウイルはさっさと籠を背負って歩いて行ってしまった。
「あー、ウイル待って!あ、そうだ、おじさん、わらびをおいしく食べるにはね、――」
料理はできない私だけど、方法は知ってる。
今度はちゃんとおいしくわらびを子供と食べられるといいね。ばいばーい。




