奪われました
果物屋を出たあとは、見て歩くだけで店の中に入ることはしなかった。
どの店も、見たこともない種類のものが並んでいて、見ているだけなら楽しかった。
けど……。
品ぞろえを多くするために無理をしているのか、遠方から運んでいるためなのか……。
旬のおいしい食べ物からは少し外れている物が多い。
巫女センサーが、ビビッとくるようなものはほとんどなかった。
それでも、よだれが垂れるほどおいしそうなものもあるにはあるけど、残念ながら値段がすごかった。
「ウイル、イチール領から運んできた藻塩を売ったら、あれ、買えるかな?」
優勝する気がないので領主様から持たされた荷物は少なかったが、塩だけは大量に持たされていた。あれって、特産品だったからなのか……。魚の塩漬けでも作るためなのかと思っていた。
「ねーちゃん、あきらめろ」
襟首をつかまれ、ウイルに引っ張られて3の円の門で馬車い乘り円外の街に出た。
「この軍資金じゃぁ、3の円での買い物は無理だ」
料理大会用にと手渡された袋をポンポンとしてウイルが言う。
はい。そうですね。
料理大会用の買い物でしたね……。
「ふわぁー!ウイル、こっち、こっち、早くっ!」
円外は、私のよく知る市場そのものだった。
呼び込みや値下げ交渉する声が飛び交う。
「安いよー、買った買った」
「とれたてだよー、今日のは特別甘いよー!」
「5つまとめて買うとおまけするよー」
ただ、一つ違うのは、イチール領と比べて、お店が何倍もあって、行きかう人も何倍もいる。
「うわー、おいしそう、おいしそう!」
薄桃色の果物の山が目に入る。
「おいしそうじゃなくて、おいしいんだよ嬢ちゃん」
うんうん。わかるわかる。
「一つ銅貨1枚。5つなら銅貨4枚にまけるよ」
「本当?!じゃぁ、5つっ」
「ねーちゃんっ!無駄遣いはダメだろう!」
「あはは、しっかり者の弟だねぇ。んじゃぁ、3つで銅貨2枚でどうだ?」
「買った!買うよ、絶対買う!ありがとう、おじさん。あのね、えっと、あれとそれとそれの3つ」
おいしいよ、おいしいよってセンサーが働く。特別おいしいのを3つ指さした。
ああ、よだれが。よだれがぁ。
「おや、嬢ちゃん目利きだね。うん、このお尻のところまで色づいてるのは甘いよ」
銅貨2枚と果物3つを交換する。
「いっただきまーす」
「ちょっ、ねーちゃん」
店の前ですぐに果物にかぶりつく。
ウイルが怒ってるけど、知らない。だって、我慢できないんだもんっ。
「ふわぁー、おいしい。みずみずしくって、甘くってほわーっと花のような香りもある」
「お、おいしそうだな、おやじ、俺にも売ってくれ」
「ママ私も食べたい買って」
ん?
あまりおいしいから、やっぱりあと2個買おうかと思ったんだけど、なんだか忙しそうだ。
「あ、あれを見ろ!」
「まさか……」
突然、町中がざわついた。
多くの人が空を見上げたり、空を指さしたりしている。
さすがの私も、果物を食べる手を止めて見上げる。
「ふわわわ」
大きな大きな猫。太陽の光を浴びて、毛が金色に輝いている。
そして、背には大きな翼。
「空を飛ぶ猫……」
「ねーちゃん、何を言っているんだ、あれは猫竜様だろう……」
ウイルも視線は空を飛ぶ猫……じゃない、猫竜様にくぎ付けのはずだが、私への突っ込みは忘れないなんて……。
「すごい、30年間ぶりのお姿だ……。生きているうちにまた拝見できるなんて」
「かっこいい!猫竜様ー」
老人が拝んだり、子供が手を振ったり、町中喜びにあふれた声が上がっている。
運がいいなぁ。こうして30年ぶりの機会に遭遇できるなんて。
猫竜様は町の上を3回ほどぐるぐると回って、姿を消した。
「それ、おいしいか?」
え?
突然声をかけられて、声のした方に視線を向ける。
にょにょっ!
美形ですっ!プラチナブロンドの長い髪を背中で一つにまとめた長身の美形さんがたってます。
服装は黒一色。ズボンにシャツというシンプルで地味な色なのに、めっちゃ派手。顔がいいと、何来ても派手に見える。
20代半ばから後半に見える美青年が見ているのは、私の手元。
食べかけの桃色の果物だった。
「はい。とぉぉぉーーーーーってもおいしいですよ。甘くて、みずみずしくて、それから香りが」
ぱくん。
ぐおおおっ!
美青年は何の躊躇もなく、私が手に持っている果物に食いついた。
「本当だ。おいしいな」
すごく幸せそうな顔をする美青年。
なんだか周りの女性からため息が漏れているのが聞こえます。
私?
ため息なんて出るわけがないでしょうっ!
出るのは涙に決まってますっ!
私の、私の果物ぉぉぉっ!
恨めし気な目でにらんでやったのに、美青年はさらに嬉しそうな顔をして私の手の果物に再びかぶりついた。
最後には私の指まで加えるくらいがっつり食いやがった。
「まだ、一口しか食べてなかったのに……」
うううっ。
マジ涙。
涙出てきた。




