この能力、巫女の血だと思うのデス
不思議なことに、おいしいかそうでないかは生まれたときから分かった。
ぼんやりとした、声と呼ぶには少し頼りないイメージが頭の中に浮かぶのだ。
それを私は、巫女の力だと思っている。
7代前のご先祖様が偉大なる巫女様だったから……。
「優勝は、おやま食堂!おめでとうございます。商品の干し肉一年分と、砂糖2キロです」
領地をあげてのお祭り。今年は、料理コンテストなるものが開かれていた。
そして、優勝したのはうちのおやま食堂!両親が舞台上で優勝賞品を受け取っている。
うふふ、うふふ。
手渡されている賞品に視線を合わせる。
ふむ。干し肉、半分はまずまず普通の品質ね。一つはダメだ。ちょっとカビてる。
おお、一つは、めっちゃ品質が高い。使った肉がよかったのか、干し方がよかったのか、塩加減がよかったのか。
いや、違う。ハーブだ。何か風味付けに少しだけハーブが使ってある?
帰ってからゆっくり見よう。
それよりも、砂糖よ、砂糖!
2キロって、うちの売り上げ一年分はする高価なもの。めったに食べられない砂糖が賞品だなんて!なんてすばらしいんだろう!
賞品欲しさに、領都の飲食店のみならず、料理に腕のあるものはこぞって参加したこの大会。
おやま食堂は領都から馬車で2日の距離の街の食堂だが、遠路はるばる参加した。
だって、干し肉1年分だよ?砂糖2キロだよ?
同じように賞品目当ての参加者は100を超えていただろう。
その大会で優勝しちゃうなんて。
「やっぱり、私ってすごい!」
「は?すごいのは、おやじとおふくろの料理の腕だろう?」
隣にいた3つ年下の、今年13歳になる弟のウイルが呆あきれた顔をする。
「そうだけど、でも、私のおいしい食材を見抜く能力も貢献したよっ!巫女の血統の私のおかげっ!」
ウイルが姉である私の鼻をぎゅぅーっとつまんだ。
「ご先祖様に謝れ!ねーちゃんのは単なる食いしん坊能力だろう!7代前の巫女様は人を癒す力を持っていたっていうし、ひーひーひーばぁちゃんは、予知夢が見れたんだ。巫女の血は関係ないっ!」
「うひー。謝らないよ、私はお礼を言うもん。ご先祖様、私にこの能力を授けて下さりありがとうございますって!」
とうとう、ウイルが頭を両手で抱えてしまった。
「食い意地巫女とかみっともない!頼むから、他の人間に言うなよっ!7代前の神殿に仕えていた立派なご先祖様の名誉まで傷つくから……」
失礼なっ!
「おいしいは正義なのにっ!こうして、おやま食堂が優勝できたのだって、私のおかげでしょっ!」
「……ねぇちゃんのおかげ?料理が全くできないのに?芋の皮むきどころか、玉ねぎの皮むきすらあやしいのに?今回の大会で下ごしらえを手伝ったのは誰だったか覚えてる?焦げ付かないように鍋をかき混ぜることすらできないのに?焦がす寸前の鍋を救ったのは誰だったか覚えてる?それから、」
「うわーん、ごめんね。ウイルのおかげ。ウイルのおかげで優勝できたんだよっ。だからさ、ね、おやま食堂の跡を継いでよっ」
ぎゅっと頭一つ分背の低い弟に後ろから抱きつく。
「料理のできない私が跡を継いだら、3日でつぶれちゃうよぉ」
うわーんと泣きついても、ウイルの返事は冷たかった。
「やだ。食堂はねーちゃんが継ぐべきだ」
ウイルの返事は3年前から変わらない。
3年前、ウイルが本当の弟じゃないと両親から聞かされたあの日から。
ウイルは生まれてすぐ両親を亡くした。母さんの妹がウイルの産みの親だ。だから母さんがウイルを引き取り、私の弟として育てたんだよね。
食堂は実の娘である私が継ぐべきで、大人になったら出ていくと言い張るウイル。
両親は、束縛するつもりはない自由にさせてあげようって言うけど……。
「父さんも母さんも実の息子だと思ってるし、私も実の弟だって思ってるから、ウイルも気を使わなくていいのに……」
恨みがましく弟のうなじを指で押してみた。
こうすると、お腹を壊すっていうおまじないだ。
「やめろって!」
思いっきり手を振りほどいてにらみつけられた。
「料理のできる旦那をねーちゃんが捕まえればいいだろう?いくら16歳になるまで彼氏の一人もいないからって、ずっと独り身でいるつもりはないだろう?いっ、いつまでもねーちゃんが独りだと……俺っ」
ウイルが真っ赤な顔をして怒った。
う、ぐぐぐぐっ。
そりゃ、そろそろ結婚も考え出すような年齢だけれど……。
女子の適齢期は16~20とか言われてたりするけれど……。彼氏の一人どころか、好きな人もいなければ好きになってもらったこともないけど……。
「優勝したおやま食堂には、王都で行われる全国大会へ、イチール領代表として参加してもらいます!」
わーっと歓声が上がる。
へ?
全国大会?
領内だけの大会じゃないの?
私とウイルは首をかしげて、壇上の両親の顔を見た。両親も、首をかしげている。
ガタゴトと揺れる帰りの馬車。干し肉と砂糖を積んだ荷馬車の荷台におやま食堂の一家も乗り込んでいた。
乗合馬車で帰るよりも、荷物と一緒に荷馬車に乗った方が安上がりだったからだ。
「……どうしようか」
父がため息交じりにつぶやく。
「全国大会があるなんて知らなかったと言って辞退させてもらうしかないだろうね……」
母が答えた。
「え?じゃぁ、これはどうするの?」
胸に抱えた砂糖入りの壺を両親の前に差し出す。
「賞品は返すしかないだろうね……」
がーん。
砂糖を返す?
「や、やだ、砂糖だよ、砂糖!それに干し肉の中でも、これ!」
一年分の大量の干し肉の中から一つの塊を手に取り壺と一緒に胸元に抱きかかえた。
「これは10年に一度出会えるかどうかっていうめっちゃ絶品だよ、間違いないよ!それも返しちゃうの?」
やだーっ!
「仕方がないだろ?食堂を半年も休むわけにはいかないんだ」
弟が大人発言をする。
「そ、それはわかるけれど……でも」
口の中に唾液がたまる。
あー、よだれが垂れそう。
私のおいしいものセンサーがこの干し肉はめっちゃうまいってビンビン反応してる。
ぎゅーっ。
私の干し肉ちゃん。私の砂糖ちゃんっ。
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