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徒然短編集

夢追いかけて恋を知る。恋さすらいて夢を見る。

作者: 紫木

 小生は拙い物書きだ。

 己の欲望と己の理想を追求し、今日も今日とて筆をとる。


 しかし、どうにも今日は芳しくない。 

 筆を握れど頁は進まず、表題ばかりが消えては浮かぶ。


 はて、これはいったいどうした事だろうか?

 己に問い掛け、孤独と向き合う。

 然れど、答えは返ってこない。


 六畳半の室内で、小生は仰向けに寝転がり、天を見る。

 無論、そこには星などがある訳もなく、野暮ったい平面が映り込むばかり。

 だが、それが功を奏して思い付く。


 ――ああ、そういう事ですか……


 脳裏に浮かぶは、昨日の話。

 小生はきっと、あの時、あの人に……恋という名の夢を見た。

 



 時刻は夕暮れ、夏も間近のこの季節、蝉鳴きこそはないけれど、額に汗は浮かび上がる。 

 散歩といえば聞こえはいいが、これは単なる気晴らしだ。

 創作意欲は有限で、時に新たな刺激を欲する。

 そういう訳も相まって、小生はぶらりぶらりと歩いていた。  

 

 街というのは因果なもので、夕日が映えれば景色も変わる。

 存在自体は同じなくせに、どいつもこいつも憂いを纏う。

 夜の帳が落ちようものなら、それはひときわ色をなす。

 

 だから小生が社で見つけたその姿には、きっと最上級の化粧が施されていたのだろう。

   

 ――その女性は、竹の前にて佇んでいた。


 髪を綺麗に結い上げて、これまた綺麗な浴衣を着込んでいる。

 はて、今日は皐月の十五日、浴衣を着るにはまだ早い。


 だが、小生はその考えをすぐさま打ち消した。

 何故なら、そんな瑣末な時流に捕われて、目の前の雅さに影を刺す様な真似など、決してしたくはなかったからだ。

 顔は見えねど、雰囲気で伝わる。

 あの方は、きっと大層な美粧の持ち主だ。


 女性は懐から小さな紙片を取り出すと、それを竹へと括りつけた。

 これはまた少し、可笑しなお話だ。

 小生が知る限り、それは七夕行事に相違ない。

 色紙へと描いた願い事を空へと託し、純粋無垢に祈りを捧げる。


 だが、またしても小生はその考えを改めた。

 何故なら、季節外れであろうとも、その願いに偽りはなく、また、その願う姿に見とれてしまっていたからだ。

  

 有り体に言えば、小生はその御姿に、完膚無きまでにヤられてしまっていたのだ。 


 女性は用を終えると、そそくさとその場から立ち去っていく。

 そして小生はというと、その御姿に見蕩れた状態のまま、一心不乱に家までの道を走り出していた。

 

 創作意欲とは、常に刺激を求めてやまないものだ。

 考えるよりも感じ取り、貪欲なまでにそれを己がものへと取り込み続ける。

 浴衣美人に誘われるがままに、小生は筆を取り、その御姿を写しきった。


 所詮はただの物書き故に、こんな形でしか感情の表現がしきれない。

 ただ美しいとなぞるだけではなく、何処が美しかったのかを鮮明に描ききる。

   

 そして小生はその夜、初めて自作に自惚れた。




 ――ああ、そういう事ですか……

 

 小生は腰を上げると、すぐさまに身支度を整え、部屋の麩を開ききった。

 階段を下り、これまた野暮ったい引き戸を開け放つ。

 

 彼女が何を願い、何を短冊へとしたためたのか……

 それは小生の知るところでもなければ、別段、暴こうとも思わない事柄だ。

 そんな事よりも優先すべきことがある。 

  

 ――小生はきっと、あの時、あの人に……夢を見ながら恋をした。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても流麗な文章で、最初から最後までドキドキしながら読んでしまいました。 もしかすると、主人公が彼女に会うことも……見ることさえ、もうないかもしれない。それでも、読後には、なんとも言えない温…
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