最後のチョコレート
真麻一花様主催『大団円ハピエン企画』参加作品です。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
---今年で最後にする---
私、佐伯奈緒は綺麗にラッピングした小箱を抱き締めながら、待ち合わせ場所へと向かった。
始まりは私が幼稚園生の時。
私たち家族は父の転職で、知り合いもいない新しい土地に引っ越してきた。
当時の私は一人っ子のせいか人見知りが激しく、両親は新しい環境に慣れるか大層心配したらしい。
そんな私達一家の隣に住んでいたのが「富樫家」だった。
富樫家はご両親と男の子が2人の4人家族で、私の両親と年齢が近い事もありすぐに仲良くなった。
なので、必然的に私もその2人の男の子と顔を合わせる機会が増えた。
長男の海お兄ちゃんは8つ上、次男の空は2つ上だった。
当時5つだった私には、中学生の海お兄ちゃんは大きく怖い印象で、なかなか話が出来なかった。
まぁ、向こうも幼稚園生と話なんかあるはずもなく、私は弟の空とよく遊んでいた。
空はおっとりとしていて、顔も女の子の様に可愛く、人見知りの私でも彼とは打ち解けて話ができた。
私は、いつでもどこへ行くにも空の後をついて歩いていた。
そんな私に空は嫌な顔ひとつしなかった。
むしろ、どこへ行くにも、私を連れて行ってくれた。
そんなある日−−−私と空が公園で遊んでいると、一匹の大型犬が乱入してきた。今思えば、犬はただはしゃいでいただけだったのだろうが、まだ幼かった私たちはあまりの怖さに動けなかった。
「空っ! 奈緒っ!」
声がした方を見ると、学校帰りらしい海お兄ちゃんが私たちの方へ駆けてくる。
「兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!」
2人同時に叫んだ瞬間、身体が浮いた。
私達は海お兄ちゃんの腕に抱き上げられていた。
そして、公園を抜け出た海お兄ちゃんは、私達を両腕に抱いたまま家まで走った。
家に着くと、玄関で私達を降ろし2人の身体を調べ始めた。
「よし……大丈夫、噛まれたり引っ掻かれたりはしてないな……」
犬に襲われてない事を確認すると、漸く安堵のため息を吐く。
私達はそのため息にやっと安心出来たのか、一斉に泣き出した。
「うぁーん、こ、こわかったよぉ」
「お兄ちゃん、こわかったぁ」
2人が泣いた事で、富樫のおばさんが驚いた様に奥から出て来て、海お兄ちゃんを問い詰めた。
「何したの?」
「何もしてないって……2人が公園で大型犬に襲われそうだったから、慌てて抱きかかえて帰って来たんだよ」
「え? 2人大丈夫? 怪我は?」
「調べたけど、何ともない。安心して泣いてるだけだから、母さん2人に何かおやつでもやったら? 泣きやむと思うよ」
そう言うと海お兄ちゃんは私達をおばさんに任せ、自分の部屋へと入っていった。
私は涙に濡れた目で海お兄ちゃんの後ろ姿を追っていた。
その時、私は海お兄ちゃんを好きになったのだと思う。
それからの私は何かと理由をつけては、富樫家に顔を出していた。
大体は空と遊ぶと言う理由だったけど。
「あ、お兄ちゃん! おかえりなさい」
空とリビングで遊んでいると、海お兄ちゃんが学校から帰って来た。
私は海お兄ちゃんの傍まで行くと、ニッコリと挨拶をした。そんな私の頭を撫でて海お兄ちゃんは『ただいま』と返してくれた。
そんなやり取りが大好きで、私は海お兄ちゃんに会う為、毎日の様に空と一緒に遊んでいた。
「ねぇ…奈緒、チョコレート……頂戴」
ある日、空が遊んでいる時にそんな事を言いだした。
「チョコレート? 何で?」
いきなりそんな事を言われ、私は戸惑いながらも空に訊ねた。
「今度の木曜日……バレンタインデーなんだって」
「バレンタインデーって何?」
その頃の私はバレンタインデーというものを知らなかった。
「うん、何かね……女の子が好きな男の子にチョコレートを上げる日なんだって……奈緒のチョコレート欲しいな僕」
俯きながらそう言う空を見て、私は『うん、いいよ』と答えていた。
「えっ、いいの?」
「だって、空の事好きだし」
私の言葉に空が嬉しそうに笑った。
「バレンタインデー、楽しみにしてるね」
「うん、わかった」
私は空とバレンタインデーの約束をした。
「お母さん、チョコレート買って」
私は家に帰るなり母にそう懇願した。
「え? どうしたの、いきなり」
首を傾げる母に、空から言われた事を話す。
「あぁ、バレンタインデーね……それなら奈緒、お母さんと一緒にチョコ作ろうか?」
「チョコレートって、お家で作れるの?」
チョコレートを自分で作れるとは思ってなかった私は母に訊ねた。
「作れるわよ。チョコを溶かして好きな型に入れて固めるの。あとはそれにトッピングすれば良いだけ」
「やるっ! お母さん、私チョコ作るっ!」
身を乗り出して言う私の頭を撫でながら、母は笑みを浮かべた。
「じゃ、材料を買いに行こうか」
「うんっ」
そして2人でチョコレート作りに必要な物を買ってくると、台所でバレンタインチョコを作り始めた。
初めて作ったチョコは歪な形ではあったけど、美味しかった。
「見た目は悪いけど、美味しい」
「そうね、手作りらしくて良いと思うわよ。さぁ、今度はこのチョコを可愛くラッピングしましょ」
そう言って、母は色とりどりのセロハンと可愛いラッピングペーパー、リボンとテープをテーブルの上に広げた。
「わぁ……お母さん、可愛いね」
「でしょ? さぁ、これで奈緒の好きな様に包んで」
私はパットに広げて固めてあったチョコをそっと取り上げると、ピンクのセロハンに包んで捻じり、上の方を赤いテープで巻いて止める。
「お母さん、これで良い?」
母に差し出すと、にっこり笑って頷いてくれた。
「うん、可愛い。他のチョコも頑張ってラッピングしよう」
「うんっ」
褒められて嬉しくなった私は、夢中で他のチョコも包んでいった。
「出来たぁ!」
テーブルの上にはカラフルなラッピングのチョコ。
思わず笑みが零れる。
「はい、奈緒」
母が手渡してくれた可愛い小箱に、チョコを1つ1つ並べていく。
「空……喜んでくれるかな?」
「大丈夫よ。海君にもあげるんでしょ?」
「え? でも、お兄ちゃんには言われてないよ」
母の言葉に戸惑う……空には『チョコが欲しい』と言われたけど、お兄ちゃんには何も言われてない。あげても良いのだろうか?
考え込んでいると、母が私の肩をぽんと叩いた。
「引っ越して来てから海君には親切にしてもらってるでしょ? 奈緒」
確かにそうだと思い頷くと、母がチョコを1個私の掌に載せた。
「感謝の気持ちや好きだと言う気持ちであげたら良いのよ。2人は奈緒からのチョコを喜んでくれると思う」
「うん、解った。海お兄ちゃんにもあげる」
そう言うと、私はお兄ちゃんの分のチョコを綺麗にラッピングした。
「喜んでくれるかな?」
「大丈夫、2人共喜んでくれるわ」
母はそう言うと、ニッコリと笑った。
バレンタインデー当日。
学校が終わり家に帰ると、先日作ったチョコを持ち隣の家へと向かった。
「あらっ、奈緒ちゃん」
「おばさん、こんにちは! 空、いる?」
私が玄関に出て来たおばさんに訊ねると、にっこりと笑って家の中へと招いてくれた。
「いるわよ……空ーっ、奈緒ちゃんが来たわよ」
おばさんの呼びかけの後、2階からバタバタと階段を下りてくる足音が響く。
「奈緒! いらっしゃい」
頬を染めて期待に目をキラキラさせた空が、満面の笑みを浮かべて私を見た。
「うん……あの、これ……持って来たの」
そんな空に思わずぶっきらぼうに差し出した袋。
「ありがとうっ! 貰っていいんだよね?」
嬉しそうに袋を受け取りながら訊ねる空に無言で頷く。
「あらっ、もしかして……バレンタインのチョコ?」
おばさんが楽しそうに訊ねた言葉に、空が嬉しそうに答えた。
「そうっ! 奈緒に欲しいなって言ったらくれたんだ!」
「良かったわね。空。ありがとう、奈緒ちゃん」
「ううん、お母さんと一緒に作ったから……あ、これ、海兄ちゃんに……」
恥ずかしくて素っ気なく答える私の手からもう1つの袋を受け取ると、おばさんは優しくほほ笑んで『ありがとう、海……喜ぶわ』と言った。
「じゃ、私……帰るね」
「え? 奈緒、一緒におやつ食べようよ」
「そうよ、奈緒ちゃん。ケーキあるのよ。空と一緒に……」
「ううん、宿題まだ出来てないから……じゃね」
私はそれだけ言うと、すぐに自分の家に逃げ帰った。
「ただいま!」
「おかえり……どうだった? 空君、喜んでた?」
「うん」
「良かったね」
母にそれだけを告げると、私は自分の部屋に戻った。
喜んでもらえて良かった……でも少し照れくさい。
海兄ちゃんも喜んでくれるかな---そんな不安と期待が綯い交ぜで、それが私の生まれて初めてのバレンタインデーとなった。
翌日、学校に行こうと家を出た所で、海お兄ちゃんと会った。
「奈緒、おはよう」
「あ、お兄ちゃん……おはよう」
「昨日……チョコ、ありがとうな。美味しかった」
そう言うと、海お兄ちゃんは『じゃな』と先に歩いて行ってしまった。
私は『美味しかった』の言葉に、嬉しくなって顔がにやけた。
それから毎年---私はお隣の兄弟に手作りのチョコをあげる事が恒例になったのだ。
お菓子作りが趣味になり、時間があればケーキやクッキー、お饅頭なんかも作る様になっていた。
勿論、試食するのは母やおばさん、それに空や海お兄ちゃん達だった。
「奈緒ちゃん、お料理上手ねー、うちの子にしたいなぁ」
「晴子さん、奈緒が上手なのはお菓子だけよ。料理はまだまだ……あり合わせの材料で作るって事が出来ないんだから」
母の言葉におばさんが『これからよ、ねぇ』と、私を見てニッコリと笑う。
「ううん、お母さんの言う通り。冷蔵庫の中の材料を使って……なんて、なかなか出来なくて」
「それじゃ、1人暮らしなんて無理よ。やり繰りしなきゃならないんだからね」
「え? 奈緒ちゃん。1人暮らしするの?」
おばさんが驚いた表情で私に訊ねた。
「あ、うん。高校を卒業したら、製菓学校に入学が決まったんだけど……ここからは遠いから」
私は現在高校3年生。将来はパティシエになりたくて、製菓学校への進学を決めた。
学校は実家からは遠い場所にある為、1人暮らしをする事になったんだけど。
「そうなの、だから今、ご飯をあり合わせの材料で作る事が出来る様に、私が教えてるんだけど……」
「大丈夫……だよ。たぶん」
何とかなると、思いたいなぁ。
最悪、コンビニ弁当のお世話になるかもだけど。
「そういえば、この前、海君が女の子と一緒に歩いてるのを見たんだけど、彼女出来たの?」
母が思い出した様に、おばさんに訊ねた。
「あぁ、空の話では会社の同僚みたいなの」
「海君、カッコいいからモテるんじゃない? 奈緒も油断してたら空君、他の子に取られるわよ」
「お母さん、私は……」
「照れないの。あんた達は小さい時から仲が良かったじゃない。今更よ」
「本当に……奈緒ちゃんが将来、うちのお嫁さんになってくれたらねぇ。空が不甲斐無いから、心配だわ」
2人は私と空が付き合っていると思っている。
中学の時、1度だけ空に『付き合って欲しい』と告白された事がある。でも私は既に海お兄ちゃんへの恋心を自覚していたから、正直に告げて断った。
私の返事に空は小さく笑みを浮かべた後、真剣な表情を浮かべた。
「まぁ…ね。何となく気づいてはいたんだけど。でも奈緒……兄さんは奈緒の事、妹としか思ってないよ」
「知ってる」
空の言葉に私は頷いた。
分ってる……海お兄ちゃんにとって、私は妹の様な存在だって。
大学生になった海お兄ちゃんには、恋人が出来た。凄く可愛いその女の人は、私や空にもとても優しく接してくれていた。
だけど社会人になった2人はすれ違いから別れたと、空から聞いた私は微かな望みを抱いてしまった。
もしかしたら……今度こそって。
でも、やっぱり無理だった。同じ会社だなんて、分が悪すぎる。
8つも年の差があって、社会人と学生……なんて、どんなに頑張ってもその距離は縮まらない。
諦めなきゃいけない……よね。
製菓学校の授業は楽しいけど、結構大変だった。
衛生学や栄養学等の座学に、お菓子を作って行く上で必要な基本的技術を学ぶ実習等がある。
1年はあっという間に過ぎていき、親しい友人も出来て充実した学生生活を送っているうちに、海お兄ちゃんへの想いは淡いものに変わって行った。
2年に上がり就活にも力を入れなければならないけど、私は地元で仕事を探すかもっと都会へ行くかで悩んでいた。
いまだに就職先が決められないまま、年末になってしまった。
「ただいまぁ」
「奈緒、お帰りなさい。寒かったでしょう? ほら、早く中へ入って」
新年を家で過ごそうと、私は実家へ帰って来た。
母に促がされリビングへ行くと、父が炬燵でお酒を飲みながらテレビを見ていた。
「おっ、お帰り」
「ただいま、お父さん」
私はジャケットを脱ぐと、父の向かい側へ座る。
「寒かっただろ」
「うん」
「奈緒、ご飯食べる?」
母が台所から顔を出し、私に訊ねた。
「食べる。お母さんのご飯久しぶりだもん」
そう答えた私に母は嬉しそうに『待ってて』と言い、暫くすると食事が運ばれてきた。
久しぶりに食べた母のご飯は懐かしく、そしてとても美味しかった。
全て食べ終わった私に父がお茶を差し出した。
「ありがとう」
受け取りながらお礼を言うと、父は小さくほほ笑んだ。
その日は私の学生生活や就活の話などを話ながら、家族でのんびりと過ごしながら年を越した。
年が明けた翌日、家族で近くの神社へ初詣に向かった。
私は希望する職場に就職出来るようにと、神様にお願いした。願掛けを兼ねておみくじを引くと『吉』だった。
「奈緒、おみくじ何だった?」
母が私の手元を覗き込んだ。
「うん『吉』だった」
「どれどれ……あ、でも『願い事は叶う』って。うん? 恋愛は『長年の想い実る』だって」
何故か私よりも嬉しそうな母に、思わず顔を顰める。
「何でお母さんが嬉しそうなの。お母さんは何だったの?」
「私? 私は『大吉』」
当然と言う顔で母は告げると、近くにあったおみくじを結ぶ為の柵にそれを結ぶ。
「奈緒は?」
「私は持って帰って御守りにする」
父は先に行って破魔矢や御守りを買っていた。
母と父の元へ行くと、父は私の手に御守りを置いた。
「お前が思う様にしたら良い。ここへ帰って来ても良いし、都心で働きたいならそれでも良い」
「うん、ありがとう。お父さん」
「そう言えば、海君も空君も帰って来てるって、さっき晴子さんが言ってたわよ」
「え? そうなの?」
2人も地元を離れてそれぞれの会社や大学に通っていたから、ここ暫く会っていない。
「家に帰ったら、お隣に新年の挨拶に行ってらっしゃい」
「そうする」
久しぶりに2人に会える。私は少しだけ気持ちが浮き立った。
「おめでとう奈緒、久しぶり」
「奈緒、おめでとう。元気だったか?」
「うん、明けましておめでとう」
隣りの家を訪ねると、2人は家にいて快く私を迎えてくれた。
「奈緒ちゃん! まぁ、暫く見ない間に綺麗になって」
「おばさん、明けましておめでとうございます」
私の挨拶におばさんは『おめでとう』と、笑顔で返してくれた。
「奈緒ちゃんは、もう20歳になったのよね?」
「はい、10月に20歳になりました」
「そうか、奈緒ももう大人かぁ」
おばさんの問いに答えた私に、空が感慨深げに呟いた。
「そうよ。もう大人の女性です!」
そう言う私に、何故か空は爆笑した。
「いや……奈緒が大人とか……まだまだだろ」
「失礼な!」
「空、いい加減にしろよ。奈緒も空の言う事を、いちいち本気にするな」
呆れた様に海お兄ちゃんが私達へ言った。
「そうだな、ごめん奈緒」
「うん」
素直に謝る空に、私はただ頷いただけでその場は治まった。
1時間程、富樫家にお邪魔した私は『それじゃ、帰ります』と、みんなに告げると席を立った。
「あらっ、奈緒ちゃん。帰るの?」
「はい、父や母に昼食までに戻るって言ったので」
そう答えると、私は富樫家を後にした。
それから3が日の間、2人と言葉を交わすことなく私は自分のアパートへと帰った。
「うん、そうよね。昔みたいに一緒に過ごす事なんてあるわけないし……」
少しだけ期待していた自分を嘲笑う。
海お兄ちゃん---暫く見ない間に、ますます素敵な男性になっていた。
忘れた、気持ちはもう薄れているなんて、私は嘘つきだ。
やっぱり、お兄ちゃんが好き。でも、今の私を見るお兄ちゃんは、昔と変わらず妹を見守る兄の様な眼差しだった。
『奈緒、元気?』
2月に入って、母がいきなり私へ電話をかけてきた。
「元気よ。何、どうかしたの?」
滅多に電話をしてこない母に私は訊ねた。
『あのね、海君が……どうやら結婚するみたいなの』
「え?」
海お兄ちゃんが結婚? いつかはこんな日が来ると覚悟はしていたけど、いざとなると衝撃が大きくて私は何も答えられなかった。
『晴子さんがね、この前言ってたの。会社が遠くなるから、その前に籍をいれるらしいって---奈緒? 聞いてる?』
「うん……聞いてる」
『でね、籍を入れたらちょっとしたお披露目をするから、奈緒にウエディングケーキを作ってほしいんだって』
「ウエディングケーキ?」
『そう、奈緒大丈夫? 作れる?』
母が心配そうに訊ねてくる。私は無理に明るい声を出した。
「2週間位時間を貰えれば、大丈夫だと思うよ。就活が終わればすぐに取り掛かれる……良かったね」
『じゃ、晴子さんにそう返事しても良いのね? 日にちは決まったら教えるって言ってた』
「うん、お願い……ごめん、今少し忙しいから、今度ゆっくり聞くね」
『あ、ごめんね。じゃ…また今度』
そう言うと、母は電話を切った。
私は暫くその場から動けなかった。
海お兄ちゃんが結婚する---そう思っただけで、胸が痛んだ。
良いの? このまま自分の気持ちを告げないでも?
私は自分の心に問いかける。
忘れたつもりの恋心は会った瞬間に目覚めた。自然に忘れる事は無理な事はもう解っている。
10年以上も温めていたこの想いを告げて、きっぱり振られた方がきっと諦められる。
海お兄ちゃんには迷惑なこの想い---多分、告白をすればもう今までの様には話なんて出来ない。それでも言わずにずっと思い続けるよりは良い。
私は覚悟を決めると、海お兄ちゃんへ電話をした。
海お兄ちゃんの都合の良い日で構わないからと告げると、何故か彼は14日のバレンタインデーの日を指名してきた。
戸惑う私に海お兄ちゃんは『その日は日曜で休みだから』と言い、納得すると同時に少しだけ落胆を感じた自分が空しかった。
14日ならチョコも上げたい---そう思った私は、その日からお兄ちゃんへ上げるチョコレートを作り始めた。
何度も作ってみるけど、納得出来るものが出来なかった。
お兄ちゃんに上げる最後のチョコレート---完璧なものを作りたい。私は前日まで必死にチョコを作り続けた。
「お兄ちゃん!」
待ち合わせ場所へ行くと、既に海お兄ちゃんは来ていた。
「ご…ごめんね。遅れて」
息を切らしながら謝ると、お兄ちゃんは笑みを浮かべて首を振った。
「いや、俺が奈緒と会えるのを楽しみにしてて、早く来ただけだから……気にしないで」
「……えっ?」
聞き間違いだろうか? 楽しみにしてた?
海お兄ちゃんの方を見ると、困った様な笑みを浮かべながら私を見ている。
「冗談……気にしないで良いよ。さっ、どこに行きたい?」
「あの……お兄ちゃん?」
私の腕を取り歩き出すお兄ちゃんの後を、私は引きずられる様に歩き出す。
「今日は1日……奈緒と付き合うから。好きな所へ連れて行ってあげるよ」
「そ、そんなっ」
私はチョコレートを手渡して告白したら帰るつもりだったのに。
焦る私を振り返ると、お兄ちゃんは窺う様に私を見つめた。
「もしかして……俺と1日過ごすのは……迷惑?」
彼の言葉に私は思いっきり首を振る。迷惑なんてとんでもないっ……嬉し過ぎてどうして良いのか分らないくらいなのに。
「良かった、それなら……俺の行きたい所に行っても良いか?」
「うん」
そして私達は、海お兄ちゃんが行きたい場所へと向かった。
「ここは?」
そこは空き家だった。それも洋風の趣のある素敵な家。
「うん、ここ……俺、一目見て気に入ったんだ。それで何度もこの家を見に来てて……奈緒はどう思う?」
「素敵……庭もあるんだね。1年中、花に囲まれて暮らせるなんて良いね」
こんな家にお兄ちゃんと暮らせたら……なんて絶対に叶わない事を思い描いてしまう自分が空しい。
「そうだな」
それきり2人共黙り込んでしまった。
どの位そこに佇んでいただろう---不意にお兄ちゃんが『行こうか』と、私に声をかけ歩き出した。
そんなお兄ちゃんの後をついて行きながら、私はもう1度その家を振り返った。
もしかして、結婚したらここに住むつもりなんだろうか?
そんな考えが思い浮かび、私はお兄ちゃんの背中を見つめた。
何を考えているんだろう? 何で私をここへ連れて来たの?
私は今日1日、一緒に過ごすと決めた事に、少しだけ後悔し始めていた。
その後は近くのショッピングモールへ行き、2人でウィンドウショッピングを楽しんだ。
「奈緒は、何か欲しいのないのか?」
海お兄ちゃんに訊ねられて、少し考えてみるが思いつかない。
「ううん、別に今欲しいって思うものは無いから」
「そうか……」
何故か残念そうに小さく溜息を吐く海お兄ちゃん。
「海兄ちゃん?」
「奈緒、お腹空かないか?」
「え? あ、うん……そう言えば、少し空いたかも」
急に私を変えられて、私は思わずそんな事を呟いた。
「よし、すぐ近くに美味い店があるんだ。行こう!」
そう言って海お兄ちゃんは私の手を捕ると歩き出した。
連れて来られたお店は洋食屋さんで、私はオムライスを海お兄ちゃんは牛肉の赤ワイン煮込みを頼んだ。
「美味しい!」
オムライスは卵のふわふわした感じやデミグラスソースの旨味、中のチキンライスの味も全部が私好みだった。
思わずニッコリと笑みを浮かべた私を見て、海お兄ちゃんは嬉しそうに笑った。
「良かった、奈緒に喜んでもらえて」
2人共、他愛の無い会話をしながら食事を楽しんだ。
食事を終え、会計の時になって私も払うからと言えば、海お兄ちゃんは『ここは男が出す所だから』と、私の分も会計を済ませてしまった。
「ありがとう」
あまり意地になって払うと言っても可愛げがないし、何よりも最初で最後のデートなんだもの……素敵な想いでとして終わりたい。
「どういたしまして……本当は奈緒の20歳のお祝いも兼ねて、もっと高級なレストランでもと思ったんだけど
……」
「ううん、凄く嬉しい。オムライスだって充分美味しかったもの。ありがとう」
「また、来ような」
さり気なく言われたその言葉に、私は一瞬耳を疑った。
「え?」
「だから、奈緒が気に入ったんなら……お互いの仕事が休みの時とかに、時々はこうやって一緒に食事でもしよう?」
何で? 結婚するんでしょう?
頭の中で問いかけるけど、言葉には出来ずに黙り込む。
「奈緒?」
「あ、あのね、今日……海兄ちゃんを誘ったのは、その……こ、これを上げたかったの」
そう言って、私は手にしていたチョコを差し出した。
「え、これって……」
「チョコ……かなり上手に出来たと思うから……」
お願い、受け取って。これが最後のチョコレートだから。
俯きながら差し出したチョコが私の手から離れていく。
恐る恐る顔を上げると、優しい笑みを浮かべた海お兄ちゃんが私を見ていた。
「ありがとう……もう、貰えないかと思ってた」
「こ、今年で最後にするね。結婚するって聞いたから」
私の言葉に、何故かお兄ちゃんは悲しげな表情を浮かべ『そうか……そうだよな』と、呟くと私から視線を逸らせた。
「奈緒のチョコレート、俺は好きだったよ」
「ありがとう。そう言って貰えて嬉しい」
「大事に食べるから」
ありがとう、お兄ちゃん。大好きだったよ……幸せになってね。
私は満面の笑みを浮かべ、海お兄ちゃんの顔を見つめた……今日の日を忘れない様に。思い出を刻む様に。
そして2人、家までの道程をお互い無言のまま帰った。
「……お……奈緒っ!」
「は、はいっ!」
あれから2週間が経った。
私は今、学校の調理室を借りてウエディングケーキを製作している途中だった。
「大丈夫? 何か……心ここに在らずって感じだけど?」
同じクラスの友人が心配そうに私を見た。
「うん、大丈夫よ」
「手伝おうか? 何か大変そうだけど」
「ううん、大丈夫。これ……幼馴染の結婚式に使うケーキだから。自分1人で仕上げたいの」
「えっ、ウエディングケーキ?」
「そう、私からのお祝いも兼ねてるから」
私は彼女と話をしながら、バタークリームをスポンジケーキへ塗って行く。
「ふーん、大変そうだけど頑張って」
「ありがとう。あと、少しで完成だから」
「そう言えば……奈緒、地元のホテルに就職が決まったって聞いたけど」
「うん、パティシエの欠員が出たとかで、募集があったから受けたら採用された」
本当に偶然だった。たまたまネットで募集を見つけ、ダメ元で受けたら地元と言う事もあって採用された。海お兄ちゃんは遠くで暮らすから、地元で働いても問題は無いかな?とも思ったし、出来れば実家の近くで働きたかった。
「良かったね! 奈緒なら素敵なお菓子を作れるもの。おめでとう」
「ありがとう」
ニッコリと笑みを浮かべて、友人に感謝の言葉を返した。
彼女は『じゃあね』と手を振ると、調理室を出て行った。それを見送った私は再びケーキと向き合う。
ケーキ自体は全て仕上げてある。後はデコレーションとパーツを組み立てていくだけ。
「あ、お母さんにいつまでに完成させれば良いのか聞かなきゃ」
私はバッグからスマホを取り出すと、母の番号を呼び出した。
『はい……奈緒? どうしたの?』
「お母さん、海お兄ちゃんの結婚式のウエディングケーキって、いつまでに完成させればいいの?」
『あっ……』
「お母さん?」
電話の向こうの母は慌てて話し始めた。
『奈緒っ、ごめんね! あのね、お母さんってば勘違いしてたのっ』
「勘違い?」
『そうっ、結婚するのは空君なんだって』
「は?」
母の言っている意味を理解するのに、暫く時間がかかった。
『だからね、海君じゃなくて---空君なんだって。お相手は同じ大学の1年先輩なんだって……どうやらおめでたらしいわ』
空が結婚? 海お兄ちゃんじゃなくて?
思わず安堵の息が漏れそうになり、慌てて唇を引き締めた。
『結婚式は3月の末の大安の日だって。出席するのは親戚と親しい友人だけだそうよ。勿論、私達も招待されているから、奈緒も帰ってらっしゃい』
「あ、それは分ってるけど……でも、私はケーキの製作で裏方に回らなきゃ」
『それが終われば式に参列出来るでしょ。いい? ちゃんとフォーマルなドレスも準備しておきなさいよ』
母の強い念押しに、私は『分かった』と答えた。
空の結婚式当日---私は前日から会場へ入り、分割して作製したケーキを1つづつ重ねていき、デコレーションを施した。マジパンで作った新郎新婦を天辺へ載せ、同じくマジパンで作ったメッセージプレートを1番下に飾り完成させた。
真っ白のそのケーキの出来栄えに満足し、時計を見るとあと1時間で式が始まる。
慌ててスタッフの人にそのケーキを引き渡すと、会場の中の1部屋を借りて、そこで着替えを済ませた。
濃紺のワンピースにパールの3連のネックレスとイヤリング、パンプスはワンピースと同じ濃紺でバッグはシルバーの小さなクラッチバッグ。
「これで、良いかな?」
メイクはいつもよりも少しだけ口紅を濃く引き、髪はカチューシャで纏めた。
時計を見れば、母達との待ち合わせの時間になっていて、私は慌ててその部屋を出た。
「奈緒、こっちよ」
名前を呼ばれそちらを振り向くと、父と母が手を振っていた。
「ごめんね、遅れて」
「大丈夫、まだ来てない人達もいるみたいだから。こっちよ」
私は2人の後について、指定されている席へと座った。
辺りを見回せば知らない顔ばかりで、1番前の方のテーブルに海お兄ちゃんやおじさんとおばさんの姿が見えた。
暫くすると司会者が新郎新婦の入場を告げた。
空と新婦の真由香さんは大学時代からのお付き合いだった事、真由香さんの仕事の関係で遠距離だった為、空は彼女の勤務地で就職を決めた等---初めて聞いた馴れ初めに驚いた。
意外に空って情熱家だったんだ……おっとりしていて笑顔を絶やさない印象だったのに、彼女に対してはそうじゃなかったんだね。
司会者の話に照れた様な空と、そんな空をニコニコと見つめる真由香さん。お似合いだなって思った。
式は和やかに進行していき、ケーキカットの時---不意に私の方へライトが向けられた。
眩しさに思わず顔を顰めた私の耳に名前を呼ぶ声が聞こえた。
「佐伯奈緒さん……空君とは幼馴染でパティシエの仕事をされているという事で、今回このウエディングケーキを作って下さった女性です---佐伯さん、こちらへどうぞ」
「え?」
「奈緒、いってらっしゃい」
司会者と母に促がされ、私はマイクの前に出て行く羽目になった。
「あ……っと、空…君、真由香さん、ご結婚おめでとうございます。今日、初めてお2人が一緒にいる所を拝見しましたが、とても仲が良くてお似合いです。私も2人の様な素敵な結婚がいつか出来たら良いなって思いました」
皆の視線が私に向いていて恥ずかしくて……もう何を言ってるのかすら解らない。
そんな私に空が一言告げた言葉だけは、はっきりと聞こえた。
「大丈夫、奈緒ももうすぐ素敵な結婚が出来るよ」
「そ、そうだったら嬉しいんだけど」
緊張の余り、引きつった笑みを浮かべながら私は自分の席へと戻った。
その後、2人はケーキカットをして、そのケーキを出席者全員へ配りながらお礼の言葉を述べていた。
滞りなく式も終わり、私は両親と一緒に帰ろうと席を立った。
「奈緒」
背後から名前を呼ばれ振り向くと、海お兄ちゃんが立っていた。
「海兄ちゃん」
「おじさん、おばさん……奈緒をお借りしても良いですか?」
お兄ちゃんが私の両親に向かって訊ねた。
「あまり遅くならなければ良いわ。奈緒、私達は先に帰るわね」
「え? お母さん」
私の返事も聞かずに2人は会場から出て行ってしまった。
「奈緒、行こうか」
呆然とする私の手を掴むと、海お兄ちゃんはさっさと会場を抜け出した。
「あの、良いの? 2次会とかあるんじゃない?」
「ん、どうせみんな酔っぱらってるんだ。俺が居なくても分からない」
今、私達は会場から少し離れた場所にあるカフェバーにいた。
「奈緒」
不意に名前を呼ばれ顔を上げると、海お兄ちゃんが真剣な表情でこちらを見ていた。
「海兄ちゃん?」
「奈緒……今日は空の結婚式に来てくれてありがとう。それもケーキまで作ってくれるなんて……」
「だって、空は幼馴染だし……お祝いしたかったの」
私の言葉に何故か、海お兄ちゃんは苦しげに顔を歪めた。
「平気…なのか?」
「え? 何が?」
言ってる意味が解らない。首を傾げる私に、海お兄ちゃんは更に意外な事を言った。
「空が結婚したのに平気なのか?」
「海…兄ちゃん……? 言ってる意味が解らないんだけど。空の結婚は嬉しいよ、ビックリはしたけど」
「空の事、諦めきれたのか? 他に好きな男が出来た?」
「は? 諦めるって……好きな男が出来たとか……何言ってるの」
お兄ちゃんが何を言いたいのか、私は解らなくて混乱する。
そんな私を見て、大きく息を吐いたお兄ちゃんは信じられない事を言った。
「奈緒は空がずっと好きだったんだろ? 何でそんなに平気でいられるんだ?」
空が好き? ん?
「あの……海兄ちゃん? 海兄ちゃんが言ってる『好き』って、恋愛対象の意味?」
「……そうだ」
憮然と告げるお兄ちゃんに私は激しく首を振る。
「無い無いっ! 空は仲の良い幼馴染! それ以下でも以上でもないからっ」
「は?」
私の返事に、海お兄ちゃんは唖然とした。
「だって、奈緒は小さい頃から空に引っ付いてただろ?」
「それは本当に小さい時っ」
「それに……」
「それに?」
言いにくそうに黙り込んだお兄ちゃん。私は促す様に訊ねる。
「空の為に……毎年、チョコレート作ってたんだろ?」
「え?」
「今年で最後って言ったのも、空が結婚するからなんだろ?」
そう言った海お兄ちゃんの表情が、怒ってる様な泣いている様な表情で、思わずじっと見つめてしまう。
まさか……気のせいだよ……
期待してしまいそうな気持ちを押さえて、私は勇気を振り絞って告げた。
「今年で最後って言ったのは……結婚するってきいたから。もう、諦めなきゃって……」
「やっぱり…か」
「うん、海お兄ちゃんが結婚するって聞いたの」
「は? 俺っ?」
驚いた表情で私を見るお兄ちゃんに頷く。
「お母さんが勘違いしたの。ショックだった……小さい頃から好きで、諦められないままこの年まで来ちゃったから」
「奈緒?」
「海お兄ちゃんが好き……小さい頃から」
私の告白にお兄ちゃんは目を見開いてこちらを見る。
「諦めなきゃって思って、今年でバレンタインのチョコは最後にしようと思ったの」
「本当か? それ」
「今更、嘘なんて吐きません……まさか空の事が好きと思ってたなんて、想像もしてなかった」
海お兄ちゃんがため息を吐いた。
「小さい頃から2人は一緒だったし、空はよく『奈緒、可愛いよね』とか言うから。付き合ってると思ってたんだ。結婚するって真由香ちゃんを連れて来た時は、本当に驚いた……そして、奈緒はどうなるんだって思ったんだ」
「そうだったんだ。ごめんね、心配させて」
「いや、俺の思い違いだったんだな。安心した」
ニッコリと微笑んだ後、海お兄ちゃんは真剣な表情で私を見た。
「奈緒……俺も奈緒が好きだ。いや、奈緒の事を誰よりも愛してる」
「お兄ちゃん?」
「奈緒が小さい頃は妹が出来たみたいで、本当に可愛いって思ってた。でも……奈緒が高校生になって時折、大人っぽい表情を浮かべたりすると、ドキドキする自分が嫌だった。だから出来るだけ近づかない様にしていたんだけど、バレンタインにチョコを貰うと安心してた……あぁ、お兄ちゃんとしてまだ好きでいてくれてるって。だからこの前『最後のチョコ』って言われて、やっぱり空にあげるついででしかなかったんだって思って辛かった」
「違うっ、いつも海お兄ちゃんに喜んでもらいたくて作ってた。空の方が寧ろついでって言うか、カモフラージュだったの」
「空が聞いたらショック受けそうだけど、俺としては凄く嬉しい……奈緒、それじゃこれからも俺に……俺だけにチョコをくれる?」
「いいの? チョコをあげても?」
「うん、これからは奈緒のチョコしか貰わない。だから頂戴?」
優しい笑みの中に今までとは違う甘さがあって、私の頬が熱を持つ。
「チョコ以外にも、海お兄ちゃんが好きなもの……いっぱい作ってあげる。だから……」
「奈緒?」
「だから…私の特別の人になってほしい」
「俺で良いの? 奈緒よりも8つも上だよ? おじさんじゃない?」
不安げに訊ねる海お兄ちゃんに『そんな事ないっ!』と、大きな声で訴える。
「お兄ちゃんは昔から素敵で……私にとっては1番なの。例えおじさんになっても、お兄ちゃんが良いっ!」
「ありがとう、奈緒。それじゃ……佐伯奈緒さん、俺と将来を共にする関係になってくれませんか?」
「えっ?」
「結婚しよう……今すぐじゃなくて良いから。考えて欲しい……」
お兄ちゃんの言葉を理解した途端、涙が溢れてきた。
「奈緒っ?」
「はい……はいっ、海兄ちゃ……海君と結婚したいです!」
私の返事に凄く嬉しそうに破顔したお兄ちゃんは『あー、抱きしめたいくらい可愛い! でもここじゃな……』と言って、悔しそうな表情を浮かべた。
それからはとんとん拍子に話が進み、空の結婚式から半年後に海君と式を挙げた。
空には『ね? 言った通りだろ?』と、笑顔で祝福された。
結婚から2年後---私は仕事を続けても良いと海君に言われて、パティシエとして働いていたけど、そろそろ辞めようかなと思ってる。
そっと自分のお腹を撫でる。私達の赤ちゃん。
最近、ずっと熱っぽくて午前中、病院に行って初めて判った事。
海君、喜んでくれるかな?
そんな事を考えながら、甘い甘いお菓子を今日も作っている。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。