悪役令嬢は星海の夢を見る
物語はクライマックス――
公爵令嬢であるローズ・エリクシルは教室にて複数の生徒たちに囲まれ、身に覚えのない罪を着せられて糾弾されているところであった。
「身に覚えがないとは言わせないぞ。目撃者は何人もいるんだ!」
そう言ったのはこの国の第一王子でありローズの婚約者である生徒だ。しかし、名前を思い出せない。
「アッシュ、この生徒の名前はなんていったっけ? 忘れたわ」
「お嬢様、このお方はお嬢様の婚約者のエドワード様でございます」
「なるほど」
答えたのは常にローズに付き従っている従者のアッシュという灰色の髪をした同い年の少年だ。
「それでこれはどういう状況なのかしら」
「エドワード様が言われるにはお嬢様が一人の生徒に対して悪質な嫌がらせをしているとのことです」
その生徒というのは第一王子の後ろで震えている平民の少女のことなのだけど、その腕には痛々しく包帯が巻かれて吊られている。
第一王子が言うにはローズがこの少女を階段から突き落としたと言うのだ。
「全く身に覚えがないわね」
ローズは本当に身に覚えがなかった。
たしかにこの平民の少女が階段で怪我をした時にその場にいたのだが、いきなり近寄ってきたと思ったら悲鳴を上げて階段を勝手に転がり落ちていったのであった。
そして悲鳴を聞きつけた生徒たちが平民の少女に駆け寄り、気づいたらローズが階段から突き飛ばしたことになっていたのである。
「この期に及んでしらを切るとは呆れた。何もせずに階段を転がり落ちたと言うのかっ!?」
「そういうことになるわ」
名推理を働かせて正解を導き出しながら自ら正解を否定したのは伯爵家の三男坊で学園を卒業後は第一王子の近衛騎士になる予定の生徒だ。
「貴族であれば平民に何をしても許されるなんてことはありませんよ。罪を認めて誠意のある謝罪をしたらどうですか?」
「お断りしますわ」
謝罪を要求してきたのは平民でありながら魔法の才能を認められて学園に入学した特待生だ。
その後も未来の宮廷画家、宮廷庭師、宮廷司書などが謝罪と賠償をローズに要求していった。
もちろん全て要求を突っぱねた。
ローズを糾弾している男子生徒たちは第一王子の背後で小動物のように震えている少女のことが好きなのであった。
男というのはこういう守ってやりたくなる女に弱いらしい。
「全く、男というのは本当にどうしようもない生き物ね」
「返す言葉もございませんお嬢様」
ローズの呟きに対してアッシュが男性を代表して返事を返した。
「私はローズさんと仲良くしたいと思っているだけですのに……どうしてこんなことを……」
少女は猫を被って涙目で白々しい台詞を吐いている。
純粋そうな可愛い顔をしているが見た目では分からないものでこの女はとんだビッチである。
特定の誰かを選ぶのではなく取り巻きの男子生徒全てと平等なお付き合いをして逆ハーレムを築いているのであった。
この少女は第一王子を完全に手に入れるために、婚約者であるローズが邪魔で仕方がないらしい。
ローズにいじめられていると嘘をついて周囲を味方につけ、第一王子もまんまと騙されて少女に骨抜きになっている。
まぁ、この第一王子とは婚約関係にあるが、それは親同士が決めたことであり、ローズ自身はこの第一王子のことは好きでもなんでもないのだが。
「ローズ、あなたには愛想が尽きた! 父上に報告してあなたとの婚約は破棄させて頂く!」
第一王子が婚約破棄の話を出したその時だ――
『敵性生物とエンカウント。パイロットは出撃準備に入れ』
『繰り返す、敵性生物とエンカウント。パイロットは出撃準備に入れ』
突然、脳内にアラームが響き、謎のメッセージが流れた。
そして、ローズは思い出した。
この世界がネット小説の世界を元にした世界だということを。
「くだらない……」
そして今置かれているこの状況全てを把握して呆れた。
「ローズ? 今なんと? まさか婚約破棄出来る訳がないとでも思っているのか?」
第一王子はローズの言葉を自分たちの婚約破棄についてだと思ったのか眉根を寄せた。
「ああ、違うの。くだらないっていうのは今人類が置かれている状況も忘れて夢の中でどうでもいい小さなことで争っているこの状況のことを言ったのよ」
「自分のやったことを棚に上げて貴方はくだらないと言うのか?」
「夢とはなんだ! 今更後悔してももう遅いぞ! これは紛れもない現実だ!」
少女の取り巻きの男たちはローズの言葉に激怒したが、ローズはそれを見ても涼しい顔をしている。
「貴方たちはNPC? それとも人間なのかしら? 私には貴方たちがどちらなのか判別出来ないんだけど、この世界はネット小説の世界を再現した仮想現実なのよ」
「ローズさん? お気を確かに……」
王子の後ろにいた少女がローズの頭の心配をした。
この世界の元になったネット小説では少女と同じポジションの登場キャラが主役である。
ローズを悪役令嬢として罠に嵌めようとしたところを見るに、少女もこの世界がネット小説の世界とそっくりであると知っているのだろう。
しかし、この世界のことは前世で読んだネット小説に似た世界くらいにしか思っていないのかもしれない。
冷凍睡眠中に色々なネット小説の世界が再現され、何度もその世界を現実として認識して体験する。
少女はその体験の中で偶然読んだ小説のストーリーを覚えていたのだろう。
「ああ、私はとっくの昔に気が狂っているわよ。貴方たちも本当の世界の方の現実を知ったら気が狂うに決まっているわ。だからこんな仮想世界が必要なんでしょうね」
「ローズ、正気に戻れ……」
ローズは表情を変えずに世間話でもするかのように説明をした。
第一王子たちはというとローズの話の半分ほどしか内容を理解出来ず、呆気にとられてポカンと口を開けている。
「地球は太陽フレアの爆発でとっくの昔に生物が住めない惑星になったわ。絶滅寸前になった人類は新たな第二の地球を探すために外宇宙航行艦で宇宙に飛び出した。今、私たちは冷凍睡眠状態で外宇宙航行艦の中で数百年に及ぶ長い夢を繰り返し見ているの。互いに意識を繋がれ、21世紀に流行ったネット小説を元にした仮想現実の世界で平和に暮らしているって訳よ」
「そんな馬鹿な話がある訳ないだろう……」
誰一人としてローズの話を信じようとしない。
しかし、ローズは気にすることなく話を続けた。
「でも、人類もいつまでもくだらないぬるま湯みたいな夢を見ている訳にはいかなくなったわ。人類は長い宇宙航海の中で敵に遭遇したの。簡単に説明すると宇宙怪獣ってやつ? 10隻あった外宇宙航行艦の内、9隻は破壊されてもう1隻しか残っていないの。私はこれからそいつらと戦いに行かないといけないから、今この場所でくだらない言い争いをしている余裕はないの。婚約破棄なりなんなりするといいわ。もしくは貴方たちも現実逃避してないでそろそろ目を覚ましたらどうかしら?」
生徒たちはローズの精神が完全に壊れてしまったと思った。
しかし、ローズの目は公爵令嬢のものではなく、まるで死線をくぐり抜けた歴戦の戦士の目のような力強さに溢れており、何も言い返すことが出来ない。
「行くわよ、アッシュ!」
ローズは自分の影のように隣にいる従者の少年に声をかけた。
「はい、お嬢様」
アッシュは笑みを浮かべてローズに返事を返す。
二人は囲んている生徒たちを押し退けて、教室の窓の方に向かった。
そして二人は窓を開いて勢い良く飛び降りた。
「!!!!!」
教室でその様子を見ていた生徒たちはローズと従者のアッシュが飛び降り自殺したと思った。
しかし――
窓の外に視線を向けるとそこには――
真っ黒な虚空と数え切れない星の輝き――星の海が広がっていた。
生徒たちはその光景を見て絶句した。
「夢だ……これは夢だ……」
「こんなことありえない……」
教室の窓の外の風景が宇宙に変わり、生徒たちは今見えているものを信じようとしない。
自分たちは悪い夢を見ているのだと思い込もうとした。
しかし、いったい何が夢で何が夢でないのか……
生徒たちは混乱した。
飛び降りたはずの二人の姿はなく、その代わりに人型の白い鉄の巨人が浮かんでいる。
生徒たちは直感であの鉄の巨人に二人が乗っていると分かった。
ローズが今言っていた話は本当だったのか?
生徒たちは星の海を前にして愕然とするしかなかった。
「アッシュ、今回の敵の数はいくつなのかしら?」
ロボットの操縦席のメインモニターから虚空を覗きながら、ローズはアッシュに話しかけた。
「4体でございます。お嬢様」
アッシュの正体はローズのパートナーである人型戦闘兵器――アシュラム8号機に備え付けられたAIである。
センサーが感知した敵の数は4体。
「前回よりも1匹多いわね。まぁ、何とかなるでしょう。ところで――」
「何でしょうか? お嬢様?」
「そのお嬢様っていうのやめてほしいのだけど?」
「失礼しました。お嬢様」
「…………」
人類に残された外宇宙航行艦は1隻だけ。
ローズとアッシュたちがこれからやろうとしている宇宙怪獣との戦闘に負ければ人類は滅亡する。
この極限状況と比べれば悪役令嬢として身に覚えのない罪を着せられるストレスなど大したことではない。
「アシュラム8号機パイロット、ローズ・エリクシル、戦闘を開始する!」
ローズとアッシュは宇宙怪獣を倒すべく星の海へと出撃した。