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蝶は嵐を起こす 弥勒の決死圏シリーズ#01  作者: 柿ノ木コジロー
第二章・不安感満載なるチーム
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02

「私、それはできません」


 イヤだったが、二人きりになった時ボビーは正直にリーダーにそう伝えた。

 今のところできるだけの変装で彼女になってみてくれ、と言われていたのでサンディー・ジョイの姿に化け、まずは出来を確認してチェックをしてもらうための面談だった。

 変装はそれなりに上手くできた感触はあった、が講演までというとどうだろう?

 最初からできないと分かっているものを引きうけても仕方がない。

 どんな反応をするのか、日本人特有のファジーな表現で、結局オマエのワガママなんて誰が聞くか、と斬り捨てられるだろうと半分覚悟はしていたのだが、とりあえず、自分の主張を述べてみた。


 リーダーは腕を組んでしばらく考えていたが、

「どうだろう?」

 急にこちらに乗り出してきた。目がキラキラしている。

 何か面白いことを思いついた子どものようだ。ついボビーも身を乗り出した。

「じかに長くしゃべるのは、こちらとしても都合が悪い。仮病を使おう」

「ケビョウ、ですか?」

「ああ」彼は宙を見ながら、自分の中で段どりを立てているようだ。


 そのわずかに反らせたのど元にちらりと目を走らせて、ボビーはそのラインについ見入ってしまう、そのままそこから視線が離せない。

 何と言う無防備さ。いえ、ダメそんなとこ見てちゃ、と自分に突っ込む。


 次に気づいたのが、眼鏡の奥の、思いがけないほど生きいきした目つきだった。

 日本人が仕事の際にこんな表情をみせることがあっただろうか? フェスティバルの準備でもしようかという高揚感が伝染しそうだ。

 しかし、それが愉しくて仕方がない、というようでもない。仕事はあくまでも仕事、その範疇でいかに最大限に面白みを引き出すか、そんな慎重さも併せて読みとれる。


 急に彼がこちらに向き直り、ボビーはごくりとつばを呑み、さりげなく視線を手元に落とす。メモの途中に顔を上げた風を装うが、相手は特に気にしていないように話し出した。

「カナダの彼女は、これ以上協力はできないが、自分の論文については場合によっては使っていいと言ってた。原子物理学者が食いつきそうな部分をうまくミックスして、専門家に三〇分程度の原稿を作ってもらおう。それから一部分だけを彼女に実際に読んでもらい、イントネーションなどの確認をする。で、キミが予め録画で講演をするんだ。会場ではそのVTRを使おう」


 ええ? それでは直接会場に入らなくていいのでは?

 ボビーが口を尖らせると、にやりと笑って彼は答えた。


「もちろん、会場には入るさ。彼に姿を見せねば。風邪ひいて声が出なくなった彼女をね」


 なるほどね。


「ステージの上にいるキミを、彼は必ず目に留めるはずだ。気づくか気づかないかは、運次第だが」

 話が終わり、さっと立ち上がったリーダーは、戸口から出る時ボビー扮するサンディーをふり返る。 同じく立ち上がった姿を足の先からつま先まで眺め渡し、

「少し実物より痩せているかもな」

 とコメント。

 ついボビーの眉が上がる。

 会議に出るプレッシャーなどで少し本人よりも痩せた感じに仕上げたのだが、気がつかないのだろうか。

「しかしカゼひいて学会出席ならば、ちょうどいいか……その香水、メイ・キリウが使ってたやつだな」香りには気づいたのか。

「全体的にいい、これならうまくいくと思うよ」

 そう言い残し、さっさと次の準備に出ていってしまった。


「あの」


 更にひとこと言い足そうとした時には、彼の姿はなかった。

 後には腕組みしたまま中途半端な表情のボビーがひとり取り残された。


 相変わらず、彼の事はどうにも判断しかねる。

 そう思いながらも先ほどののど元と目つきを何となくまぶたに思い起こし、ボビーはそっと、肘に沿わせるよう両腕を下に降ろした。

 


 ボビーは、現地でのスケジュールと、最終的な脱出方法について、何度もシュミレーションを行ってイメージを描き、データを確認し、ある時は他のメンバーと細部の打合せをした。

 変装についても、幾通りか考えて素材を取寄せ、一人でこつこつと作り込んでいた。

 一番苦手とする講演についても、原稿とサンプルビデオが手元に届いた。

 ようやく動き出した、という感があった。

 それでもまだ、サンライズ・リーダーについてはいまひとつしっくりきていない。

 任務終了までは信頼してほしい、と言われてはいるものの、その信頼がどうも持てきれていない。

 なるほど、彼の指示にはあいまいなところがないし、簡潔だし、そこはさすがにボビーでも納得できたが、普段の会話はどこかそっけないほどの短さだった。

 これは、ボビーだけでなく、他のどのメンバーに対しても同じようだった。キタノが自慢げに、受像機のパフォーマンスについて述べていても「へえ、そうなんだ」程度の反応。


 数日が過ぎると、さらに気になることが出てきた。

 どことなく、リーダーの反応が上の空、という気がしてきたのだった。

 他の連中は気づいていないのだろうか、でも明らかに以前と違う雰囲気がある。

 ぴりぴりしているようでもあるし、たまに、まるっきり何も考えていないのでは? という時も見受けられる。さすがにミーティングの最中にはあまり感情を表に出さないが、何かの作業の合間あいまに、ふと、ぼんやりしている彼をみかけた。

 しかも、時々、かなり長い時間どこかに出かけている。全体での動きには影響のない範囲で不在となるし、ホワイトボードにも『司令部行き、夕方戻り』などと書いてあるので誰も気にしていないが、ボビーは今までにそんな経験がなかった。


 初めてのリーダー任務ということで、不安が増してきたのだろうか?

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