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ミッションの準備期間に入り、ボビー含め全メンバーは揃って川崎のミッション・センターに移った。
大きな任務にとりかかるチームはここで会議や訓練をまとめて行うのが常なのだが、サンライズ・チームも今回ミッション前の三週間、ここで合宿することとなった。
シヴァも、相変わらず反抗的な目つきのままだったが、彼らのキャンプに付きあって川崎に移ってきた。
ベタベタと派手なステッカーを貼ったノートパソコンをいつも肌身離さず、ミーティング以外では自分から相手に話しかけることはほとんどない。打合せの際もあまり話をしようとしないし、何か聞かれても最低限でしか答えない。
それに、共有スペースにある自分のデスクにまずついていたことはない。気がつくと、横の会議室の一つに閉じこもり、さすがに鍵まではかけないもののドアを閉ざして、そこで一人、資料を読んだりパソコンをいじったりしていることが多い。
今回は得意分野での仕事ではないし、ハッキングの罰として奉仕させられているという気持ちがあるのだろうか?
この少年が足を引っ張ることにならなければいいけど……
ボビーはミーティングのたび、必ず一度は彼の横顔に不安げな目を向けてしまう。
もっと重大なこともあった。
「触るな」
珍しく、シヴァの大声を耳にした。
ボビーがみると、シヴァとキタノが向かい合って立っているのが目に入った。
「ボクに触るな」
シヴァは、キタノの足もとをにらみつけて立ち去ろうとしていた。
「……会議室を使用する時はボードに書け、って教えてやって……」
キタノもうっとうしい前髪の隙間から彼をにらんでいる。
わあ、コドモどうしのケンカ、とボビーは目をみはった。
「リーダーから許可はもらった」
シヴァがそう言い捨ててどこかに行ってしまうと、キタノはわざとらしい大きなため息をついた。
「肩、叩いただけだぞ。何偉そうに『ドーントタッチミー』だよ」
ブツブツ言いながら、シヴァとは反対方向に、足音も荒く去っていった。
ボビーがあきれて見送っていると、デスクについていたカンナと目が合った。
「何あれ?」
聞くと、カンナは軽く肩をすくめて
「シヴァくん、男の人に触られるのキライなのね、多分」
「そうなんだ」
しかしあの反応は激し過ぎる。カンナが続けた。
「リーダーもこないだ怒られていたし。ちょっとひじが触っただけで」
カンナは、平気だったらしい。
ペンを渡す時、あえて彼の手に触れてみたが、特に反応はなかったと。
そういうカンナも、ちょっとクセがありそうだ。
まず笑ったことがない。わずかな笑顔すら。
多分メンバーの誰に対してもそうなのだろう。それ程キツイことばを吐くわけではないが、全然笑みを浮かべない人間とずっと話をするのは、けっこう疲れるものだ。
ここには難しい連中ばかり集まってきたらしい。
ボビーは、チーム編成にはおおいに不服があったものの、職務は職務、自分のやるべきことはちゃんとこなそうと努めてはいた。まあ、元来仕事は好きではない、単なる金稼ぎだと割り切っていたが。
今回の任務中、一番の不安は国際シンポジウムでの発表だった。
カナダからの特別講演者であるアレクサンドラ・ジョイはここで記念講演を行うことになっていた。
これはMIROCが仕込んだトラップの一つだった。
デニスの別れた妻は数学者だった、名前をサンディー・ジョイと変えて、カナダの研究所でカオス理論研究に携わっていた。
今回は彼女の名を使い、カオス理論をエネルギー転換のいくつかの方法に転用する具体案を提唱する、という触れ込みで会議に参加することになった。
そして、その講演を現地で実際にやらねばならない。
ボビーには、まるでちんぷんかんぷんの世界。雑学と芸術関係には浅く広い知識を持つが、今まで数学や物理学の世界に興味を持ったことすらなかった。