表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/38

04


「ロバート」


 最初に呼ばれた時、誰のことがとっさに気づかず、ボビーは窓際に座ったままコーヒーをすすっていた。

 二回目に呼ばれた時ようやく振り向く。

 新しい彼のボスが自販機の脇に立っていた。

 APEXのメンテの人かと思ったわ、そう言ってやりたかったがとりあえずそこは口に出さずに立ちあがる。

「何でしょう」

 リーダーは丸まった資料を片手に持っていた。

「これ、オマエのだろう。床に落ちてたって別のヤツから返された」

「え? 机に持って帰りましたが」

「引き出しに入れて鍵かけたか?」

「いいえ」

 すぐコーヒーを飲もうと、資料だけ書類の間に挟んで、休憩エリアに来ていた。

 そう言うと、リーダーは眉間にしわを寄せて、音を立てずに深くため息ついた。

「まだ始動してないミッションだし、危険も伴うかも知れない。チーム以外に内容を見せないように。判ってるよね」

「はい……すみません」

 それは確かに彼のミスだ。

 何度か日本での仕事は経験しているので、書類というものが重要視されているのも解ってはいた。機密の扱いについて、少し油断があったかも知れない。

「それと、鍵も出しっぱなしだった」

 リーダーは、ポケットから彼の机の鍵を出してみせた。キーホルダーのスパイダーマンが大きく揺れた。

「鍵は常に持ち歩いてくれ」


 社内でも? ボビーの口がとがる。


「他にもある。資料は丸めるな」


 どうでもいいでしょ、そんなこと。


「理由は?」つい、対戦モードに入ってしまった。

「明日回収してすぐ処分する。よけいな折りグセや書き込みは無い方がいい」

「……分かりました」


 悔しいが、言っていることだけは間違っていない。言っていることだけは。


 カタブツなリーダー、そのまま帰るかと思ったら、また振り向いてこう言った。

「コードネームは、新しいのか?」

「いえ。何故ですか」

「すぐ反応しなかったから」


 ボビーは決めた。鼻から息を大きく吸い込む。


「少しよろしいですか、サンライズ・リーダー」

 リーダーの部分を強調した。

「私のコードネームはロバートですが、いつもボビーと呼ばれています。個人調書にも書いたと思いますが、これからそう呼んでください」


 アンタに馴れ馴れしく呼ばれたくないけどね、と心の中で付け足す。


「分かった」

 拍子抜けとも感じられるくらいあっさりと、相手はそう答えた。


 最初からペースが合わない、こんなに素直だとは。


「それから」

 行きかけたリーダーに更に慌て気味に声をかける。

 いぶかしげに立ち止まった彼に、ボビーは言いつのる。

「何を注意してくれても構いませんが、私にも自分のやり方というものがあります。机にはいちいち鍵はかけませんし、機密書類は持ちません。その場で読んだら覚えますから」

 相手の表情をみる。

 特に動揺したようすもない。どちらかと言えば途方にくれたような風にもみえた。


 それでもここでちゃんと言っておかないと。


「変装というのは、仮装とは違います。実在のモデルがいるならば、その人物の背景まで模倣しないとなりません。あれではデータが少なすぎる。ずっと会ってない人間を遠目から見せると言っても、もっとリアリティは必要です。キタノでしたか、カンナ、でしたかどちらでも構いませんが、もう少しあの女性について詳しい事を調べさせておいて下さい。使っていた香水とか、飼っていたペットとか、現在の趣味とか、そういうことも」

 少し息をついで、付け足した。

「あの少年、シヴァ、でしたか、彼についても一通り私にデータを見せて下さい。私が彼の通訳も兼ねるのですから、もっと彼について知っておきたいです」

「分かった」

 辛抱強い表情を崩さず、事務的とも言える口調でリーダーは答えた。

 何か反論してくるかと危惧したが、とりあえず彼の要求をのんだようだ。


 ちょっと強く言いすぎたかしら? アタシがいじめてるように見えるかな。


 ボビーは少しだけトーンを落として、それでもきっぱりと言い切った。

「今回については、あなたのやり方に従います。それでもクレームがあったらどんどん言いますから。指示ははっきり出して下さい。あなたはどうか知りませんが、今まで組んだ日本人のリーダーは、言うことが曖昧すぎる。組むのは今回限りだと思いますが」

「それは上が決める」

 リーダーは、急に顔をあげて彼の目をまっすぐにみた。


 眼鏡の奥、黒い瞳に思いがけない程のエネルギーを感じ、ボビーははっとする。


「オレも初めてだから、不安はある。しかし任されたからにはやるしかないだろう?

 誰と組んでも、チームをまとめて作戦を成功させる、それが仕事だからね。

 キミはオレが嫌いなんだろう?」


 よく分からない、ちょっと分からなくなってしまった。しかし口では

「はい、嫌いです」

 いやだ、答えちゃった。


「それでもいい。でも仕事は仕事だ。好きでも嫌いでも、今回だけはとりあえず信じてついてきてくれ、いいね」

 返事を待たず、彼は去っていった。



 彼はワタシのこと、どう思ってるんだろう?


 急にそんな事が気になり、手元のカップに目を落とす。

 コーヒーはすっかり冷めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ