サンライズ、再び蝶を見る 2
「スキャンもシェイクも、武器ではない、もちろんこんな機関で働いているからそれが甘い認識だと言うのも分かる、オレがこれを使いこなせなければいつか敵にこてんぱんにやられてしまうというのも理解している、それにそんな事言いながら今たぶん使っている、君に。卑怯なことだとはよく承知している、それでも許してもらうしかない……シェイクとは、単なる道具として使われなければならないと思っている。しかも最後の」
「さいごの、どうぐ」
「そう……」
頭痛はもはや耐えがたいほどだ、しかし、今ここで止めるわけにはいかない。
サンライズは声を絞り出す。
「君に、いつも考えて欲しから……これは単なる、実験なのではない、人を相手にした、仕事なのだと」
「ああ……」
「シェイカーも、そうでない人も、君もオレも、ただの人間なんだ」
稔はようやくうなずいた。
そのままの姿勢を崩さないので、サンライズは無理やりシートから体を引きはがし、彼の前に立った。
「今日はもう、お終いにしてもいいかな?」
稔はうつむいたまま、またひとつうなずいた。
「被験者もよく休ませてから、帰してやってくれ。じゃあ」
「……お疲れさまでした」
稔のことばにようやく、陰影がつき出した。下を向いたままだったが続けて言う。
「サンライズ、次は月曜の午後一時からで……いいでしょうか?」
「ああ、頼む」
結局、稔は最後までスイッチを押さなかった。それだけでもずいぶんな前進だったのではないだろうか。
もちろん、次回はどうなるかさっぱり分からないが。
稔がどこまで『シェイク』の影響を受けたのか、それともただ耳を傾けようなどと思ってしまったのか。
分からないことだらけだが、とにかく、信じる道を進むしかない。
サンライズは六車線道を見おろす跨道橋の上で足を止める。
ふと、足もとにまた蝶が落ちているのに気づいた。
先日見たようなアゲハ蝶だ。これも、すっかり翅が傷みきって、尻をひきずるように前に這っている。
彼は、リンプンがつかないようその小さな躯をすくい上げ、そのまま橋を渡った向うにある、こじんまりした雑木の群まで歩を進めた。
一歩だけ踏み込んだまだ草の深くないあたり、長く伸びた雑草の先に、その蝶を静かに降ろす。
「生きろよ、どうにか」
蝶は震えるように一度だけ翅をうち振った、と、その動きに呼応するかのごとくふわりと何か黒いものが彼の視界を横切って上へと舞いあがった。
はっ、と顔を上げるとそこには別の蝶が、力強く木々の間をすり抜けていくのが見えた、それはまるで
「……俺たちのように」
そう、独りでは届けきれない思いを、次がつなぐ。それが自分たちの役目なのだろう。
もう大丈夫、俺は生きていける、ここで。サンライズの胸に熱い思いがこみ上げる。
かすかな羽ばたきが次の風を招き、それが遂に大きな嵐を起こし、世界を動かしていく……
そう信じていられる限り。




