03
帰りの飛行機に乗り込む時、驚いたことにシヴァから
「隣に座る?」
と声をかけてきた。サンライズ・リーダーがカンナの方をみると、カンナは軽く肩をすくめ
「ワタシはありがたいけど。一人ならゆっくり眠れるしね」
リーダーがギプスに挟んでいたチケットを抜いて自分のを替わりに差し、少し離れた後ろの席に歩いていった。
飛び立ってしばらくして、シートベルト着用のサインが消え、あたりに和やかな空気が流れたのち、シヴァがイヤホンをつけて前を向いたままこう訊いた。
「傷は、痛むの?」
「いや」
サンライズはシートにうまく収まらないギプスの位置をまた、少しずらしてから答える。
「痛み止めがまだ効いているらしい、あまり痛くない」
「そう」
少し沈黙が続いたのち、シヴァはサンライズの前のテーブルに何かを置いた。
小さなメモリチップのようだった。
「これは?」
「シーロムのカフェで、ボクを信用してくれた、そのお礼」
博士と初めて会った時の会話だと言った。個人的な会話だからと言って録音を拒否していたのに、結局自分からモニタを付けていたらしい。
シヴァはイヤホンを外した。唇を少しなめてから、おそるおそる口にするように言葉を選んで切りだした。
「ボクはしばらく日本にいたい……MIROCに。いいかな?」
サンライズはいったん通路側に目をやってから、静かに訊ねる。
「観光か? 勉強はいいのか?」
「勉強はどこでもできるよ」
その時、初めてシヴァはまっすぐサンライズを見た。
鳶色の、とても澄んだ光をたたえている。
「しばらく、ボクの先生をしてくれるかな? 日本語の」
「厳しいぞ、オレは」
シヴァは子どものように笑った。さっそく日本語であいさつ。
「オミマイシマス、リーダー」
「多分それは、オネガイシマス、だろう?」
一発食らわされそうな挨拶だ、と彼も笑う。
トイレに立ったついでに、カンナのところに寄って、サンライズは先ほどのチップを彼女に手渡した。
「あら、録音記録?」
彼は、前の様子をうかがいながら軽くうなずく。シヴァはすでに眠っている。
「出る前に言ってた、彼と博士との記録、」
「ああ……火曜日二一時〇七分開始二七分間」
「この内容が確認できたら、あっちは消しておいて」
「彼にバレたの?」
「いや、」
彼はいつまでも暮れ残っている西の地平線を眺めていた。
「こちらが付けていたのには気づいていない。オレみたいなヤツを信用してくれたらしい。あれは無かったことにしなければね」
「了解」カンナが笑った。
サンライズははっとする。ボビーが心配してたな、彼女のことも。
帰ったら教えてやろう、こんなに優しい笑い方をすることもあるんだって。
「オトナの嘘って、苦いね。リーダー」




