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02

「ひとつだけ、今の母が教えてくれたことがあった」


 ホテルでの最後の朝食だった。

 特別に頼んでかなり早くしてもらったので、ボーイもまだ来ていない。シヴァは残念そうにあたりを見回していた。

 それでも、食事は和やかに進み、帰り仕度もあるのでみな早めに席を立った。


 シヴァだけは座ったままで、立ち去りかけたサンライズの袖をそっと掴んだので、こうして二人で残っていたのだった。


「二人が別れた理由。一度母が訪ねてきた時にボクを抱いて言ったんだって。

『この子は、他の人に愛をたくさん与えてくれるといいんだけど』って。

 私は彼には、愛されてなかった気がする……ってさ」


 今になってわかる、とシヴァは目を伏せた。


 表情はあまり変わらないが、急に話し方が平板になる時には、強い感情を無理やり抑えているのだ。川崎を出る時、ボビーがそんなことを言った時があった。そこではあまりぴんとこなかったのだが、少しずつサンライズにも、シヴァのことが解ってきたようだった。


「結局、彼は父親だと認めてはくれなかった。というか、無関心だった」両手を揃えて、テーブルの上に乗せている。

「今回、彼をみて気づいたんだけど」

 シヴァは泣いているのだろうか? しかし顔を上げた時にはその目はいつも通りだった。

「多分、愛していなかったんじゃあなくて、どう表現していいか判らなかったんだ」


 ボクもそうなのかな? しかし、途方にくれたようなそんな言い方に、サンライズはつい彼に手を伸ばした。


 触れられた手をじっとみつめて、シヴァは、反対の手をおそるおそるその上に重ねた。


「ボクには、できるようになるかな?」

「人を愛する? もちろん」サンライズは彼にほほえみかけた。

「できない人はいない、キミもじゅうぶん、人を愛することはできているよ。今だって」

「ホントかな」

「他の人がたまらなく気になる、その人が笑ってくれるといい、楽しんでくれればいい、辛い目に遭わなければ……そうやって心配になって、ずっとその人のことを考える、何かしてやりたいと思う、それがすでに愛することに繋がっているんじゃあないかな」

「そうなのか……」

「また会える時があったらボビーにも聞いてごらん」

 サンライズは自信たっぷりに言ってやる。

「それにキミのお父さん、いや……ミシュラー博士もキミを愛していると思う。もちろん父親としての自覚があるかどうかは判らないが、彼は彼なりに、キミのことを思っているよ」

「うん」会場での、博士のスピーチの件を聞いていたシヴァ、目を伏せて笑った。

「僕も生で聴きたかったよ、ホント、縛られなかったら行けたのに」

「それもボビーの愛だよ、君を危険な目に晒したくなかった」

「でもさ」また口を尖らせたシヴァを、サンライズは愛しげに見つめる。

「愛の表現は人それぞれなんだろうな、シヴァ」


 さあ日本に帰るぞ、彼は明るく言って少し強くシヴァの肩をたたいた。

「ボクに触らないで、っていうか、叩かないでよ」

 それでもまんざらでもなさそうに、シヴァは肩をさすりながら口をとがらせた。

「ボクは投げられたり叩かれたりした回数はしっかり記憶してるからね」


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