01
事態収拾のために、彼らが警察と政府の実務者とともにすぐに、極秘ミーティングと相成った。それらが一通り片付いたはその晩もかなり遅くなってからだった。
博士は明日、学会終了時にインド大使館から迎えがくることになった。
しかしその前にMIROCはこっそりと彼を連れて引き上げなければならない。
カンナと現地スタッフとが、大急ぎで明日昼前の便を押さえる。ボビーは博士について一つ早い便で帰ることに決まった。
ミーティング終了直後、部外者の見ていないところで変装を落とし、誰にも気づかれないようにボビーは数ブロックの道のりをひとり、ホテルに帰っていった。
空は夜明けを迎える前の、深い藍色が射してきていた。
普段はスモッグと喧騒に覆われている大通りも、この時間ですら車は少なくないものの、さすがにどこか、控えめな静寂に支配されている。
黒いVネックシャツにジーンズ、ばさついた髪を後ろで無造作にくくり、大きなデイバッグをかついだボビーはやや大股でそれでもゆっくりと明け方の通りを行く。
激しい緊張もほぐれ、今は心地よい疲れに満たされていた。
とにかく、終わったのだ。
やることはやった、最善の結末というわけにはいかなかったが、とにかく、できることは全て、やり尽したのだ。
ホテルの裏口に辿りついた時、しかし、急に
「タイヘンなこと、忘れてたあ!」
口を手で覆い、非常階段を一足飛びに駆けあがる。
痛々しいギプス姿でサンライズが戻り、ボビーとシヴァの部屋に寄った時、ちょうどボビーは必死に謝っているところだった……シヴァに向かって。
「本当に、ごめんなさい」
珍しいことかもしれない、ボビーは手を合わせて頭を下げまくる。
「許さない」
そしてシヴァが珍しく、おかんむりだった。
「どうしたワケ」
サンライズはかすかに目に笑いを浮かべた。ちょうどそこにカンナも覗きに来る。
シヴァも二人に気がついて
「リーダー」珍しく、くってかかる。
「ボビーに厳重に注意してよ、ボクを投げ飛ばして、しかも縛って逃げた」
「は?」
その通りです、ボビーは神妙にうなだれる。カンナが説明した。
「シヴァが会場に駆けつけようとしたんで、ボビーに止められたの」
「投げ飛ばしたんだよ」フリまでつけている。「ぽいっ、て」
ボビーだってだてにMIROCのエージェントではない。いざとなったら素手で戦う用意もある。しかし今回に限っては、かなり分が悪い。自身の緊張も大きかったせいで、シヴァをバスルームに押し込めたまま、完全に失念していたのだ。
サンライズが、いっとき軽くボビーの肩に触れる。それから怒りの収まらないシヴァに向かって言った。
「わかったわかった、後から叱っとくから。キービーシーく!」
「ホントに?」
サンライズはギプスをしていない方の手を上げた。「誓います」
「そうだシヴァ、」カンナが思い出したように手を打った。
「シクロがね、アナタの改造した無線機見たいって、待ってるんだった。説明してやって、すぐ行ってみてよ」
ようやく腹の虫がおさまったシヴァが姿を消すと、サンライズとボビー、カンナは同時にほおっと息を吐いた。少し間をおいて
「今からお説教部屋ですか?」
ボビーが聞いてみると、サンライズは「まあ……」うっすらと笑う。
「オトナの嘘って、苦いもんだよな」
帰る支度早くしておけよ、とボビーに言い残し、サンライズは部屋に戻った。
ボビーは触れられた肩にそっと手を伸ばす。
カンナの視線を感じた。その目は、相変わらず笑っていなかったがどこか、一緒に通り抜けた者どうしの煌めきを放っている。
「あの」
何か声をかけようとした、それを遮るようにカンナは
「これからは気をつけたまえよ!」
ぽん、と狙いすましたように軽いジャブを放って(それがまたサンライズの触れた箇所にうまく当たった)、シヴァの後を追って去っていった。




