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会議場には、地元の警察、軍からの警備員、MIROCの現地スタッフなどが配備され、ホテルにも厳重な警備がついた。
ユースフの自供により、彼らの組織がミシュラー博士を捕まえ、ロキスタン政府関係者に売ろうとした詳細が明らかになった。
組織自体は政府とは直接の関係はなかったのだが、軍の関係者が数名絡んでいたためそのツテで取引の段取りは大かたでき上がっていたらしかった。
地下核実験を一刻も早く実現させるために、政府は有能な人材を貪欲に求めていた。
ミシュラー博士を得ることができたならば、パワーバランスは確実にロキスタン側に傾くだろう。
インドとの関係を重視したタイ政府は、ミシュラー博士の意思を尊重し論文発表を許可する一方で、警備強化に全面的に協力してくれることになった。
その代わり、発表後はすみやかに出国するように要請。
「しかし、インドに帰ることはできないでしょうね。タイの政府には言えませんが」
サンライズが伝えた時も、ミシュラー博士は特にショックを受けた様子もなく
「そうだね」と少し肩をすくめただけだった。
「研究が続けられれば、どこにいても同じだろう」
インドから出国することにもあっさり同意した。とりあえずの受け入れ先が日本だと聞いても、全然驚く様子もなかった。
結局、博士には『力』を使わずに済んでいた、顔にはださなかったものの、それでもサンライズは大きく安堵の吐息をついていた。
あとはインド政府との交渉だが、これはそれなりの専門家に任せることになりそうだ。
サンライズは、壇上に立つミシュラー博士を舞台袖から見守っていた。
博士は、ホテルでの落ち着きのなさを微塵も感じさせず、終始堂々と発表を行っていた。
途中、スクリーンに寄り過ぎてちょっとよろめいたものの、すぐに態勢を立て直す。
発表がまとめに入って、締めの言葉を口にしようとした博士、急に口をつぐんだ。爪を口に指先を当てそうになったが、すぐに気づき手を下ろし、マイクに向かう。
「今、研究所のメンバーに謝辞を申し上げたのですが、お別れの前に、皆さんにお伝えしたいことがあります。
デニスおじさんは、バンコクに来て初めてバイクの二人乗りをしました。いや、実は三人ですがそんなことはまあいいとして」温かい笑いに包まれる。
「他の人の背中が、あんなにも温かいということに、今までなかなか気づきませんでした。
彼と……そう残念ながら男同士の相乗りだったんですが」
また笑われる。彼もうれしそうに笑った。
「彼と、ほんのひと時でしたが家族のようなつながりを感じました」
そしてこう締めくくった。
「他人の温かさをいつまでも感じていられる、そういった血の通った研究を続けていきたいと思っています。皆様どうもありがとう」
会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
舞台袖で迎えるサンライズに博士は「ありがとう」と手をあげて合図する。そこにちょうど通信機が震えたので受けると、現地スタッフのシクロが叫んでいた。
「気をつけろ、彼女を見た」




