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コード名『ロバート』、通称『ボビー』はサンフランシスコ近郊の出身だった。
元々は明るいブロンドの髪だったが仕事で何度も染めたり替えたりしているうちに、すっかり栗色に近い色に落ち着いて、それが少し長めのウェーヴで肩にかかっている。
背はそれなりに高いが変装が得意なせいか、日本の街なかに出てもあまり目立たない。
顔立ちは中性的で美醜にこだわる人たちから言わせればまあマシな部類に入るらしいが、街なかであえて無表情・没個性を通している限りは少なくともあまりまじまじと観察されることもない。
少し青みがかった瞳は、時に冷淡とも取られるが、情の通じた相手を前にすると急に菫色がかった色合いが濃くなる、と言われたことがあった。
日本にやってきたのは、『サムライ』にあこがれて、が直接の動機。
あちらのテレビで偶然見た『クロサワ』の映画が彼の人生を変えた。
この国のさまざまを実際に体験したい、そして日本のオトコと暮らしを共にして間近でじっくりと観察してみたい、そんな軽い気持ちだった。
最初に東京で一緒に暮らした日本人のレイからは『ありがちな動機だね』と軽く笑われた。
つき合ってみると、いくらイケメンの日本人であっても『サムライ』と言われるような人間は思いのほか少ない、ということがボビーにも徐々に分ってきた。
レイも、いい男だった、しかし所詮イマドキどこにでも――アメリカ西海岸でも、極東であってもよく転がっている、上っ面だけのヤツだった。
憧れで住み着いた場所とは言え、やはりここにも理想とする人は見つからない……そんな中でも立ち去り難い何かを常に抱え、既に五年が経とうとしている。
最初は渋谷でメイクアップ・アーティストの仕事をあちこちで手伝っていたがそのうち、類まれなるメイクアップ技術と、変装にも長けているという評判が広まり、たくさんの顧客がついた。
傷を隠してほしい、若く見せたい、亭主から逃げるのに別人になりたい……。
仕事がらみでひょんなことからMIROCの特務員と知り合い、その彼の紹介で特務の仕事を手伝うこととなった。
MIROCという機関の名は、ボビーもどこかでちらっとは耳にしたことはあった。
日本だけでなく主要国にはだいたい系列の機関が存在するらしい。
急速に資本主義経済の入り込んでいるロシアにさえ、旧ソ連時代からこの関連機関は存在していたとも聞いた。
ボビーには何の略だか知らないが、MIROCというのは簡単に言うと『正義の味方』といったものらしい。
犯罪を抑制したりそれに関わった個人を更生させたりがMIROCの役割で、建前上はグローバルな視点から宗教や政策、信条に関わらず『真の正義』を追求する、世界的にも特異な国際組織ということだった。しかも、原則非武装が売りだった。
よって、機関員は腕っ節よりも頭脳プレイでの活躍をより要求される。
真の正義などという言葉には特に響くものはなかったが、元々自国の武力重視主義に反発していたボビーはまず『非武装』に心惹かれ、説明を受けてからも、やや割の良いパートタイム程度の軽い気持ちで引き受けた。
しかしこれが案外性に合っていたのか、何だかんだでもう足掛け四年ほど色んな仕事に顔を出している。
主にはバックヤードで潜入特務員の変装を補佐したり、自らが『化けて』現地に乗り込んだり。
元々呑みこみの早いほうだったし、運動神経もそれなりにあったので、どこでも重宝され、自分でもだんだん、『スパイごっこ』が気に入りつつもあった。
そんなボビーが近頃不満を覚えていたこと、それはこの国の『あいまいさ』だった。
最初は美徳にしか思えなかったこの国のファジーな人間性が、たまに癇に障るようになってきたのだ。
前回までついていた日本人リーダーの元でも、細かくイラつくことはあった。
仕事となれば彼は誠心誠意尽くしてはいたが、不満は少しずつ溜まる一方。
日本人というのは、指示の出し方があまりうまくないのよ、何度もそう感じ、ため息を漏らしていた。
こちらの気を遣っているのか、あいまいな言い方が多い。それに、自分の考えをはっきりと主張しないので、リーダー達が何をしてほしいのか、して欲しくないのかがボビーにはよく理解できなかった。そのくせ、任務遂行時に細かい注文が多く、うまくいかないといつまでも愚痴を言うし、うまくいってもあまり評価してくれない。
とにかく、はっきりしていない所が厭だった。
それに、今さら素人のリーダーと組めと……あれほど言っておいたのに。
ああいう顔が好みだというヤツもいるかも知れないが、これと言って特徴のない、小役人みたいにぱっとしない顔立ちだし。すぐ忘れてしまいそうだ。
それにどう見ても頼りない、手が綺麗なのも頼りない感に拍車をかける。
若いと言っても、リーダーということならば三〇歳は下らないだろう、とボビーは経験上そう判断した。
きっと今までどうということない平穏な生活を送り、このまま定年まで目立たず地味に過ごしていければいいなんて考えている手合いのひとりなのだろう。
願い下げだ。これなら故郷に帰った方がいい。
支部長室を出るとすぐ、ネクタイを緩めてわざと大股でデスクまで帰っていった。