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蝶は嵐を起こす 弥勒の決死圏シリーズ#01  作者: 柿ノ木コジロー
第五章・駆けるサンライズ
25/38

01

 すでにどのくらい時間が経っているのか、ボビーには分からなくなっていた。

 それに、ここがどこなのかも。


 縛られたままぼんやりとあたりを見回すが、どこかのホテルの一室ということしか分からない。


 めぼしい証拠をトランクに詰めて鍵をかけ終わったとたん、急に部屋のドアが開いて、ヤツらが押し入ってきたのだった。

 どうせこちらも丸腰なので、黙って手をあげたら頭から袋をかぶせられ、車に積み込まれた。それからずっと車は走り続け、気がついたらここにいる。


 彼らは、まだ全然状況を飲み込めていない。ボビーが彼女をかくまっていると思い込んでいるらしく、執拗に彼女の居場所を尋ねていた。


「もう少し痛い目に遭いたいのか」

 中でも一番目つきの鋭いヤツが、前に立った。

 彼のあごをこれ以上ないというくらい持ち上げ、自分の顔を近づける。

「アメリカ人かな? CIAか」

 ヤツらは我々の国で好き放題していったからな、憎々しげにそう吐き捨てた。

 唾が飛んで片方の頬を伝い落ちた。ヤニの匂いがぷんと鼻をつく。

「だからオマエのことも好き放題させてもらう」

「どうぞ」


 それでもまだ、声は出た。

 痛みには弱いが、何事にも限界はあるものだ。


 先ほどから何度も殴られていた。最初のうちはショックのあまり悲鳴を上げたり声もたてていたが、そのうち自分がわずかに幽体離脱してきているのを感じた。少し上方からその様子を眺めているうちに、はじめの頃ほど恐怖は感じなくなっていた。


 発信器がどこまで役にたっているのか……でもリーダーには優先業務がある。もはや何も期待はしていない。

 彼はいい人だった、と思う。トータルで判断すれば。一緒に組めてまあ、悪くはなかった、日本人にしては。


 出逢うのが少し遅かった、というだけだったのだろう。


 コジーにちゃんと「愛してる」って言ったことがなかったな、彼もシャイだから、何もそんなこと言わなかった。お互い黙っていても通じ合っていると思っていたから。会えなくなるかも、って分かっていたらちゃんと伝えておけばよかった。


 泣きたかったが、目が乾いてしまっている。


 突然、ミナが部屋に入ってきた。

「すごい雨になっちゃったわ、また」コートをとりながら傍の男に手渡す。

「ジョイ博士の居所は分かったの? このキレイなお兄さんはどこから来たの?」

「ぜんぜんしゃべらない。CIAらしいが」

 男はちっと舌打ちした。

「ミシュラー博士の方もどうなってるんだ。男が一人、追いついて車を襲った。博士と小僧を連れて、現場からバイクで逃げたそうだ」

「CIAだったらアナタの専門じゃないの、ユースフ」


 ミナがボビーの前に歩いてきた。椅子に縛りつけられてうつむいている彼を無理に仰向かせる。目をつぶっている彼に、いきなりびんたを食らわせた。

「起きなさい、お兄さん」きれいな英国式の発音だった。

「目を開けて、質問に答えなさい」


 目を開いた瞬間、ミナと目が合った。

 つかの間、見つめ合う格好になる。


 ミナは、少し目をさまよわせてからまた彼を見つめた。少しずつ焦点が合ってきている。


「アナタの目、見たわ……昨日。ステージにいた」


 さすが女はこわい。


「あれは、アナタだったのね」

「かもね」かすれた声で初めて、ボビーは答えた。

「風邪ひいてるから、こんな声でごめんなさい」

「どういう事だ」

 ユースフ、と呼ばれた男がすっかり戸惑ってミナに尋ねた。どうやら、ミナの方が修羅場には慣れているのか、彼女は逆に落ち着き払っている。

「コイツが彼女に化けていたのよ、もしかしたら息子というのも、嘘かも」


 ミナはじっと、ボビーを見つめていた。何を考えているのか分からないポーカーフェイス。


「いいわ……博士をどこに隠したか、何の組織なのか聞いてやって。ただし、全部吐き終わるまで殺してはダメ」

 やっぱり女はこわい。

「私はあっちの部屋で少し休むから、何もなくても明け方四時には起こして」

 ユースフが何か言いたげだったのを見て、彼女は

「話? じゃあすぐに来て。先に聞くから」

 言い残し、意味ありげに彼に目線をくれてから部屋を出て行った。


 ぱたん、と背後でドアが閉まる音がして、ユースフがゆっくりとまばたきした。

 部屋に残ったもう二人の部下に、ごく普通の口調で伝える。

「ここは客室だから汚したくない、あそこに連れて行け」外を指した。

「オレは後から行く」


 椅子からはがされ、ボビーは、二人の男に両脇を抱えられたままホテルの外に連れ出された。


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