01
すでにどのくらい時間が経っているのか、ボビーには分からなくなっていた。
それに、ここがどこなのかも。
縛られたままぼんやりとあたりを見回すが、どこかのホテルの一室ということしか分からない。
めぼしい証拠をトランクに詰めて鍵をかけ終わったとたん、急に部屋のドアが開いて、ヤツらが押し入ってきたのだった。
どうせこちらも丸腰なので、黙って手をあげたら頭から袋をかぶせられ、車に積み込まれた。それからずっと車は走り続け、気がついたらここにいる。
彼らは、まだ全然状況を飲み込めていない。ボビーが彼女をかくまっていると思い込んでいるらしく、執拗に彼女の居場所を尋ねていた。
「もう少し痛い目に遭いたいのか」
中でも一番目つきの鋭いヤツが、前に立った。
彼のあごをこれ以上ないというくらい持ち上げ、自分の顔を近づける。
「アメリカ人かな? CIAか」
ヤツらは我々の国で好き放題していったからな、憎々しげにそう吐き捨てた。
唾が飛んで片方の頬を伝い落ちた。ヤニの匂いがぷんと鼻をつく。
「だからオマエのことも好き放題させてもらう」
「どうぞ」
それでもまだ、声は出た。
痛みには弱いが、何事にも限界はあるものだ。
先ほどから何度も殴られていた。最初のうちはショックのあまり悲鳴を上げたり声もたてていたが、そのうち自分がわずかに幽体離脱してきているのを感じた。少し上方からその様子を眺めているうちに、はじめの頃ほど恐怖は感じなくなっていた。
発信器がどこまで役にたっているのか……でもリーダーには優先業務がある。もはや何も期待はしていない。
彼はいい人だった、と思う。トータルで判断すれば。一緒に組めてまあ、悪くはなかった、日本人にしては。
出逢うのが少し遅かった、というだけだったのだろう。
コジーにちゃんと「愛してる」って言ったことがなかったな、彼もシャイだから、何もそんなこと言わなかった。お互い黙っていても通じ合っていると思っていたから。会えなくなるかも、って分かっていたらちゃんと伝えておけばよかった。
泣きたかったが、目が乾いてしまっている。
突然、ミナが部屋に入ってきた。
「すごい雨になっちゃったわ、また」コートをとりながら傍の男に手渡す。
「ジョイ博士の居所は分かったの? このキレイなお兄さんはどこから来たの?」
「ぜんぜんしゃべらない。CIAらしいが」
男はちっと舌打ちした。
「ミシュラー博士の方もどうなってるんだ。男が一人、追いついて車を襲った。博士と小僧を連れて、現場からバイクで逃げたそうだ」
「CIAだったらアナタの専門じゃないの、ユースフ」
ミナがボビーの前に歩いてきた。椅子に縛りつけられてうつむいている彼を無理に仰向かせる。目をつぶっている彼に、いきなりびんたを食らわせた。
「起きなさい、お兄さん」きれいな英国式の発音だった。
「目を開けて、質問に答えなさい」
目を開いた瞬間、ミナと目が合った。
つかの間、見つめ合う格好になる。
ミナは、少し目をさまよわせてからまた彼を見つめた。少しずつ焦点が合ってきている。
「アナタの目、見たわ……昨日。ステージにいた」
さすが女はこわい。
「あれは、アナタだったのね」
「かもね」かすれた声で初めて、ボビーは答えた。
「風邪ひいてるから、こんな声でごめんなさい」
「どういう事だ」
ユースフ、と呼ばれた男がすっかり戸惑ってミナに尋ねた。どうやら、ミナの方が修羅場には慣れているのか、彼女は逆に落ち着き払っている。
「コイツが彼女に化けていたのよ、もしかしたら息子というのも、嘘かも」
ミナはじっと、ボビーを見つめていた。何を考えているのか分からないポーカーフェイス。
「いいわ……博士をどこに隠したか、何の組織なのか聞いてやって。ただし、全部吐き終わるまで殺してはダメ」
やっぱり女はこわい。
「私はあっちの部屋で少し休むから、何もなくても明け方四時には起こして」
ユースフが何か言いたげだったのを見て、彼女は
「話? じゃあすぐに来て。先に聞くから」
言い残し、意味ありげに彼に目線をくれてから部屋を出て行った。
ぱたん、と背後でドアが閉まる音がして、ユースフがゆっくりとまばたきした。
部屋に残ったもう二人の部下に、ごく普通の口調で伝える。
「ここは客室だから汚したくない、あそこに連れて行け」外を指した。
「オレは後から行く」
椅子からはがされ、ボビーは、二人の男に両脇を抱えられたままホテルの外に連れ出された。




