07
シヴァは、やや上目づかいに屋台の看板を眺めながらようやく言った。
「学校にいる時から。ケンブリッジのね」
MITのエンジニアリングスクールがある場所のことだ。
話し出すと、言葉はすらすらと出てきた。サンライズはじっと相槌も打たずに聞いている。
「彼の番組をたまたま何かで観た。変な人だと思った」
それから彼についての記事を色々探してみたのだとシヴァは続ける。
「ボクを育ててくれたのは、シンガポール系アメリカ人の夫婦。彼らは聞けばちゃんと話してくれたよ。ボクの本当の両親ではない、ってことも。写真も一枚くれた。母が一度だけ、赤ん坊のボクに会いに来た時撮った写真」
それ今、持ってるのか? とサンライズから訊かれ、もう手元にないけど、とあっさり答えた。
「ボクを産んだ人はインドからカナダに来た科学者だ、と聞いた。今では家庭を持って、平穏に暮らしている、って。養父母は彼女については少しは知っていると言ったが、詳しくは話したくないようだったからボクは敢えてそれ以上は訊ねなかった。ただ、彼らは父親だった人については何も知らなかった。まだインドにいる、ってことくらい、それと彼も科学者だということ。でも何をやっていたのかまではね」
シヴァも全然探すつもりはなかったのだ。
ある日、いつものようにネットであちこちのサイトを覗いていた時、変な機関を見つけた。
世界各国に散らばる、犯罪組織更生機関。何だろうこれは?
何気なく色々な記事を漁ってみた。
警察機構とはまた一線を隔しているようだ。おおむねMIROCという名称を使っている国が多い。
興味本位で日本にあるMIROCにアクセスすると、びっくりするほどセキュリティーが甘かった。
その社内用サイトのどうでもいい記事を色々と漁っているうちに、インドの科学者を『日本に招へいする』プロジェクトというのを見つけた。
暗号化されてはいたが、間もなくそれが科学実験でおなじみの「デニスおじさん」だと気づいた。
デニスおじさんの履歴を辿り、彼に離婚歴があるのも突き止めた。そして、元の妻はカナダに渡っていることも。
「その後、彼女がボクを産んだとしたら、つじつまのあう話だ」
なぜか母親にはそれほど感じなかった強い思いを、その時デニスに感じ始めていた。
『デニスおじさん招へい』という日本での作戦で、条件に合いそうな一六、七の少年を探していると知り、一か八かの賭けに出ることにした。ダメで元々。しかし、思わく通り、彼は中に入ることができたのだ。
「作戦で会う前に、もっと個人的に彼の事を知りたかった」
ふむ、とリーダーは持っていた水を飲みながらつぶやいた。
「説得できると思ったのか?」
「ちがう」
シヴァは即座に否定した。
「ただ会って、いろいろ聞いてみたかっただけだ……どう思っているのか」
「オマエは、どう思っている? もし彼が本当の父親だったら」
「分からない……」麺の器に食べ終わった焼き鳥の串を突き刺しながら彼は下を向いていた。
「ならば、向こうがどう考えているか、分からなくても許してやれるな」
「え? どういうこと?」
「作戦を少し変えてもいい」
リーダーは、はっとなって顔を上げた彼の目をまっすぐ見た。
「明日の晩九時、どこで会うんだ」
「いいの?」
「ダメだと言っても、会うつもりだったんだろう?」
リーダーはにやりと笑う。共犯者の顔だ。
「その代わり、オレも連れていけ、いいな?」
最初は二人きりで話し、その後合図があったらサンライズが彼らの所にくる、ということになった。
「会話の内容は録音してほしい」
「それはイヤだ」シヴァは、その点は譲らなかった。
「あくまでも個人的なことだから、たとえボスのアナタにでも聞かれたくない」
「そうか……」少しだけ考えてから、わかったよ、とリーダーが顔をあげる。
「その代わり、必ず話が終わったらオレを呼べ、いいな」
シヴァはうなずいて、残りのコーラを飲みほした。




