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蝶は嵐を起こす 弥勒の決死圏シリーズ#01  作者: 柿ノ木コジロー
第三章・意味不明なるシヴァ
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06

 ふたりが歩いて間もなく、大きな道を渡ったところにかまぼこ型の屋根のついた駅が見えてきた。

 フアランポーン駅周辺は、日中とはまた違う熱気に包まれていた。

 この時間でも、かなり人は出ている。

 午後の雨はかなりひどかったのか、駅前の広場のところどころは水浸しになっている。足首まで水に入った人々が、それでも思い思いに自分の売り物を拡げたり、人待ち顔で椅子や木箱に腰掛けていた。犬も同じように混ざっている。駅構内に近い、からっと乾いた場所では、思い思いにゴザを敷いて寝転んでいる人々もいた。


 屋台はもう少し乾いた場所に並んでいたので、あまり濡れることもなく、彼らは適当なものを見つくろって、店のすぐ前に並んだテーブルについた。


 ビニルのテーブルクロスも一応敷いてある。上には調味料セットがひとつ。黄色いプラのコップ立てにそのまま四つ、コップが並べてあってプラスプーンが突っ込んである。

「シヴァ、オマエこれ知ってる?」

 リーダーが調味料を指して聞いた。

「何なんだ、これは?」赤い粉末状のものをすくって自分の麺にかけようとしたので

「それ辛いよ」とシヴァがつい口を出した。

「プリックポン」


 彼はアメリカ在住だったが、養父母がシンガポール系アメリカ人だったために、時々シンガポールには来ることがあった。

 そこでも屋台を何度も見かけていた。しかしこんなに雑然とした雰囲気の屋台に、実際こうして入るのは初めてのことだった。


「オレ辛いの苦手かも。じゃあこれは」今度は半液体ものを入れようとしたので

「辛くてしょっぱい。プリックナンプラー」とコメント。

 緑のコマ切れが入った液体を指さしたので

「ナムソム。プリック入り」と教えてやった。

「これしかないのか、入れられるのは」何だこれ砂糖じゃねえか。ブツブツ言って白い粉もあきらめたが、思い直したのか、ほんの少しだけ唐辛子の粉をすくって、麺に入れた。

「あんまり辛くないぞ」

 シヴァは、器用にパクチーだけ拾い上げ、脇によけてから米粉の麺を口にした。

 リーダーはすでに、ほとんど食べ終わっている。量もそれほどないので物足りないようだ。

「焼き鳥買ってくる」


 こういう時はまるで無邪気だな、とシヴァは新しく買ったコーラを飲みながら彼を見送った。


 彼は焼き鳥らしい大きな赤い肉の刺さった串を二本と、今度は焼きそばになった麺を持って帰ってきた。

「やっぱり、あれだけじゃあ少ない。このヤキソバ半分やるか?」

 シヴァは首を横に振った。

「じゃあ焼き鳥はどうだ? え?」

 親戚のおっちゃんみたいなもの言いについ、手を伸ばして一本受け取った。


 あたりの賑わいと黄色い屋台の灯り、あちこちから漂うさまざまな食べ物の匂い、そんな日常に包まれて、しばらくは二人で黙って口と箸だけ動かしていた。


 ようやく食事が済み、リーダーはあたりを見渡してから、

「タバコ、吸っていいか」

 そうシヴァに聞いて、いいよと聞くと煙草を胸ポケットから出してうまそうに一服した。


「カンナが言うけど」思い出したようにシヴァ。

「キタノがタバコを吸いに行くたびに『またウンコ?』って」

「アイツは長いからな、サボリが」ふうっと煙を上に吹き上げて、リーダーは笑う。


 シヴァはまじまじと彼をみている。


「どうした? 何かついてる?」

「いえ別に」シヴァはまた目をそらした。

「何だよ、ちゃんと言えよ」

「いや何となく、本当に現地の人みたいだなあ、と思って」

「その辺のオッサンってか? ボビーの見たてはスゴイよな、いつも的確だ」

「ああ……まあ本人そのものが」

 近くでタクシーがけたたましくクラクションを鳴らし、ちょうどその言葉を呑みこんだ。


 リーダーは煙草をもみ消して、持っていたプラカップに落とした。

 それから通信機に何も連絡が入ってないのを確認してから、さりげない口調でこう聞いてきた。


「いつから、そう思ってたんだ?」彼の前髪のあたりを見ている。

「デニスが、本当の父親かもしれない……って」

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