05
午後の講演もどきでクタクタになったボビー、パーティーは体調不良を理由に欠席、今夜は自室でのんびりと風呂に浸かっている。
自分にとって一番の山は越えたのだ。
後は、どうやって相手が連絡をしてくるかが問題だが、あんなヘンテコな理論をもっともらしい顔して発表しているフリよりは、個人と渡りあう方がよほど自分に合っている。
シヴァは夕飯前、またリーダーに呼びつけられていた。まだ隣の部屋から帰ってこない。
リーダーはボビーには先に夕食を済ませておくように言ったが、シヴァはどうしたのだろう? すでに二時間になろうというのに。
ご飯も食べずに何をしているのかしら?
シヴァは、サンライズ・リーダーと向かい合って座ったまま、汗をかいているコーラの瓶を前にして口を固く結んでいた。
「あのなあ、シヴァ」
今まで強い口調だったのを和らげ、サンライズが言った。
「嘘をつかないのはいいことだし、会いたいと思うのも悪くはない。しかしこれはチームでの活動だ、分かるな?」
シヴァは、帰ってきてすぐにリーダーから
「デニスに手紙を渡したのか?」と聞かれると
「渡したけど、何か?」と答えたきり、ずっと沈黙を守り通していた。
なぜ勝手にそんな事をした? と聞かれても、何も答えようとしない。
「『勝手に』ってどういうこと?」という目のまま、黙りこんでいる。
「チーム活動は、キミも知っているように綿密な計画の元で行われている」
言いながらもリーダーは、少し顔をしかめた。
「まあ、デタラメな仕事ぶりで構わない奴も中にはいるが……例外的に」
リーダーの鋭い目線が具体的に誰かの方を向いているように動いたが、とりあえず目先の問題を片付けるのが先だと気づいたらしく、また、シヴァに目を戻す。
「先に彼からの連絡を待って、それから出方を決める予定だった。先ほどから説明している通り、他所の政府が彼の頭脳を狙って誰か人をよこしているかも知れない。逆に、彼からどこかに出ようとしているかも知れないんだ。その様子も掴んでおきたいし、とりあえず彼に論文発表はちゃんとさせてやりたい。だから盗聴器もつけてきた。キタノとカンナがモニタを始めている」
「アイツら、機械の触り方もよく分かってない」ようやくシヴァがこれだけ言った。
サンライズ、きっとなって彼をにらむ。
「今はそういう話をしていない」
シヴァはけろりとした顔を通していた。しかし、目の動きだけは速くなる。
サンライズは小さくため息をついた。ドアの方をみて、何かをじっと考え込んでいる。
「わかった」
やがてそう言うと、通信機を出してキタノを呼び出す。
「そっちはどうだ? キタノ」
「動きなし」キタノではない、またカンナの声。
「パーティーの後、まだ部屋に戻っていない。連絡ではスペーシアで飲んでるって。あそこなら二時間はいるだろうね」
「キタノは?」
「うんこ」
「またゲリか」
「脳みそもゲリってる」カンナも腹立たしいのか、かなりな事を言っている。
「カンナ、オマエは何か食ったのか?」
「さっきリーダーがへんな焼き鳥とラーメンみたいの買ってきてくれたじゃん? おいしかったよ、じゅうぶん」
「そのじゅうぶん、って何だよ。しかも『へんな』ってさ」サンライズは少し笑った。
「分かった、オレたちもメシに行くから、何かあったらすぐ連絡くれ」
「オレたち? はあ、了解」
リーダーは通信機をしまって、立ち上がった。
「外に屋台が出ている、食いに行くぞ」シヴァはすが目で彼をみた。
「勝手に外に出るなって言ったよね。指示があるまでガイシュツキンシって」
「あのなあ」
リーダーはカーテンをめくって外をみた。雨はやんだな、と様子をみてからシヴァに向かってあきれたように言う。
「もしかしたら説明してなかったかも知れないが、オレがリーダーなんだよ。オレが指示を出してるんだ」
それから彼をざっと見渡す。
「オマエはTシャツだからだいじょうぶか、オレはマズイ。ちょっと着替えさせろ」
持ってきた透明なプラバッグから、あっさりした白っぽい開襟シャツと安そうなハーフパンツ、水色の合成ゴムで型抜きした草履、ややふちの丸い眼鏡を出してその場で着替え始めた。
「全く、この国じゃあプラバッグ大活躍だよな」
言いながらもあっという間に、中華系タイ人のおっさんが一人、できあがり。
彼は仕上げに髪を少し乱す。
「何それ」
「ボビーが見つくろってくれた、オレの変装だ」
煙草をシャツに、財布と通信機をハーフパンツのポケットに移して
「行くぞ」とあらためて声をかけた。
シヴァもようやく立ち上がった。




