04
デスクにはキタノたちが戻っていて、シヴァの姿はなかった。
ボビーは隣の会議室をのぞいてみる。
部屋の奥、テーブルについている彼をみつけ、ノックもせずに中に入った。
シヴァはノートパソコンを拡げて、こちら向きに座っていた。片手をマウスにのせたまま、じっと画面をみている。
「やあ」ボビーが近寄ると、座ったままシヴァがこちらを向いた。
「どうだった、彼?」
「何でもなかった」隣の椅子にこしかける。
「よかった」
ノートを見たら、電源は入っていなかった。
暗い画面をじっと、眺めていたのだろう。シヴァは彼なりに、心配していたんだろう。
すごく簡単な事実に、今さら気がついた。ただのパソコンオタクだと思っていたのに。
ボビーはあらためてシヴァの横顔をみる。ほんとうに幼い。
「ねえ、シヴァ」マウスにかぶせた彼の右手に、自分の左手をやさしく重ねた。
「彼は、だいじょうぶだから」
「うん」
ぎゅっと上から手を握って、そっと離した。
シヴァは、手はそのままでボビーを見上げた。きまじめな顔だ。しかしすぐ目をそらす。
「ボビーは、サンライズ・リーダーが好きじゃあないんだろう?」
「……分からない。正直に言うと」
「そう」
「でも、信頼したいと思っている」
「ボクは逆だ」シヴァは暗い画面に目を戻したまま言った。
「誰も信用しない。もちろんボビー、あんたの事も。リーダーも。
ニンゲンというのは信頼するに値しない。ボクが信じるのは、数字だけだ」
「なら、どうして彼のことを心配しているの?」
「彼のことは好きだ」数字を読み上げているような、感情を込めない声。
しかしここでもようやく気づいた。
彼の心はとても、とても繊細なんだ。自分が壊れてしまうから、声に感情を込めることさえできない。
「ボクを尋問した人たちも別に怖かったわけじゃあない。MIROCの人たちはだいたい優しいよ。でも本当に、ボクの気持ちを感じてくれようとしたのは、彼だけだった」
サンライズはその時、全然笑顔なぞ見せず固い表情だった、そして最初に会った時もすごく怒っていたのだそうだ。
「キミは、このミッションには若すぎる、って。どうしてこんな子どもを選ぶんだ、ってさ。怒っていた。でも、優しいんだ」
自分にも子どもがいるんだ、と怒った声で言うので、では写真を見せてくださいと言ってみたら、本当に出して見せたのだそうだ。
任務に入るまでは使える個人用携帯の裏に貼ってあった小さなシール写真だったらしいが。
「ボクはもう一七です、と言ったんだけど、それでも子どもは子どもだ、って。
子どもってのは、遊んでガッコウ行って食うだけ食ってテレビみて風呂入って歯みがいて寝るもんだ、そんなことを言うから言ってやったよ、
アンタは日本語で言うと『カミカミオヤジ』だって」
食えそうもない。
「それを言うなら『ガミガミオヤジ』よ」
「彼もそう言った」シヴァは、うっすらと笑って、暗い画面に宣言した。
「決めたよ、ボクも日本語を習って彼と日本語で会話するんだ。必ず言い負かしてやる」
そういう目標の立て方もいいかもしれない。ボビーは時計をみた。一六時五分前。
ちょうど、キタノ、カンナ、もう一人の技術部付き補佐、そして、サンライズ・リーダーが入ってきた。顔色が戻って、いつも通りだった。髪もちゃんと櫛を通してきたらしい。
ちらっとボビーを見て、手招きする。
「倉庫の鍵、持ってるか」
「ああ、はい」胸ポケットから鍵を出して彼に渡す。
「鍵かけてくるから、先に資料読んでいるようにみんなに伝えてくれ」
「はい」
リーダーは、大きく息をついてから、彼の腕を軽くたたいて言った。
「さっきはありがとう、ボビー」
そしてくるりときびすを返し、「五分で戻る」姿を消した。




