表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/38

蝶は翅を拡げる

 初対面の印象ですべてが決まる。

 ―― その時まで、ボビーはずっとそう思っていた。




「失礼します」

 以前、日本語講座で教わった通り、コードネーム『ロバート』はドアを開けて軽く一礼し、中に足を踏み入れた。


 逆光の窓枠内に、二つのシルエットが浮かんでいる。


 すぐに目が馴れて、人の区別がついた。


 左側の明るいグレーの背広を着たかっぷくのいい男はMIROC(マイロック)東日本支部の支部長らしい。

 柔和な丸顔は、とても百戦錬磨の元特務員とは思えない。


 もう一人……やや若い男の方にはまったく見覚えがなかった。

 少しやせ気味で、背丈は自分より低いかも知れない。黒ぶちの眼鏡に黒っぽい背広、ネクタイはダークグリーン、着こなしはすっきりしているのだが、一見したところではまるっきり脳内にイメージが残らない、というくらい、目立たない風采だった。


 すっと眼鏡のふちを押し上げ、彼はこちらを向いた。窓辺からの光がまともに彼の顔を照らす。

 日本人のようだ。

 悪い顔ではない。どちらかと言えばいい男とも言える。少なくとも目はきれいだ。


 それにまだ、若そう――


 日本人の年齢はいつもよく分からないが、これが例の、彼なんだろうか? こんなに若い人が、私の?


 でも、ちょっと苦手なタイプかも。と、ロバートは少し眉を寄せてよく彼を観察する。


 思ったより若くて、見た目も悪くないとは言え、どこか神経質そうでもある。本当に特務員なのだろうか?

 几帳面で、経理とか金の計算に向いている感じ。それか事務方か。小言が多そう。


 あの口元をみてよ、彼の中にいる本来の『ボビー』がかしましく口をはさむ。

 ああいう唇の薄いヤツは冷淡なのよ、それに多分ジョークも通じない。

 支部長に呼ばれて、「キミの新しいリーダーを紹介するよ」と言われた時には新しい出逢いになるかしら、とちょっと胸がときめいたのだが。これでは全然心が躍らない。

 やはり普通の『男らしい』スーツで来てよかった。


「ボビー、紹介しよう」

 支部長はそんな彼の胸のうちを知るや知らずや、明るい声でこう言って片手をさしのべた。

「こちら、コードネームはサンライズ。リーダーとして仕事するのは今回が初めてだ」

 サンライズ、と呼ばれた男は少し前に出た。


「初めまして」


 けっこう深い、良い声をしている。ボビーは密かに八十八点をつけた。

 差し出した手も、指がきれい。


 しかし、ボビーは手を差し出さず、彼の目を見ないようにしながら、支部長に顔を向けたままあえて堅い声で言った。

「支部長、約束が違いますが」

「え? 何がだね」

「今回は日本人とは組まない、と聞いております。それに、ベテランに付きたい、とお願いしたはずですが」

 サンライズ、と呼ばれた男は明らかに当惑しているようだ。


 この男のせいではない、それでもこういう小役人のような若造が困っているのをみるのは、ちょっと気分が良かった。


 しかし支部長は、全然動じたふうでもなく、にこやかに答える。

「そうかね、ボビー。しかし今回は彼がリーダーだ」


 ボビーは片眉を上げ、不信感を顕わにした青い目を新しいリーダーに向けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ