ルーシアの涙
「エルスっちゅわーーん!」
ルーシアは、周りに響くくらい大きな声で遠くから駆け寄ってくるロウキーに、戸惑いながら手を振った。
「エルスちゃん、今日は一段と可愛いじゃないか! いつものエプロン姿も良いけど、ワンピースもよく似合ってるよ!」
ロウキーはイの一番にルーシアの服装を見て、嬉しそうに微笑んだ。
わざわざ訪ねてきたジャクリンのお見立てによって、パン屋の店員から普通の女の子へと変身していた。 薄いピンク色の膝丈ワンピースに、丈の短めな紺色のジャケット、靴は少しヒールの高いパンプスで、少し歩きにくいのを我慢しながら、ここまで歩いてきたのだ。
こんなにまっすぐに褒めてくれるロウキーに、ルーシアはすっかり照れてうつむいてしまった。 一緒に旅をしているときも、こんなに女の子として扱ってくれたことがなかったからだ。
ロウキーはルーシアと共にしばらく公園を散歩し、町へ行くと食事をした。
『こんなにゆっくりとロウキーと話をすることなんて、なかったなぁ……』
これまでの旅の話や事件を、終始楽しそうに話すロウキー。 尽きることのない話題に、ルーシアはこの時間を少しでも深く心に刻んでおこうと思った。
『ロウキーは、【エルス】と話をしている。 【エルス】と一緒に居たいと言ってくれた。 だからあたしは、【エルス】としてロウキーと向かい合うんだ。 これからも……』
ロウキーの楽しそうな横顔を見つめながら、ルーシアは心にもう一度、そう決めた。
再び港の公園に戻ってくると、周りは仲が良さそうに寄り添いながら歩く男女ばかりだった。 ここはデートスポットで有名な公園。 夜になると電飾で彩られた船舶が海面を染める。 まるで蛍が飛び交うような静かで幻想的な風景が広がっていた。
「綺麗だなーー! 飯も美味いし、本当にいい町だ!」
ロウキーは楽しそうにその風景を眺めながら歩き、ルーシアはそっとその横顔を見つめていた。 それに気づいたロウキーがルーシアを見ると、彼女は慌てて視線を泳がせた。
「ロウキーさん……」
「何?」
「いつ、出発するんですか?」
「明日の昼前だ。 見送りに来てくれる?」
「あ……お店があるから……」
ルーシアが答えると、ロウキーは残念そうに瞳を細めて
「そうだよな」
と微笑んだ。 ルーシアは俯いた。
『ルーシアは死んだの……』
必死でそう思い込もうとしているルーシアの横で、しばらく風景を楽しんでいたロウキーが、話し始めた。
「初めてエルスと会った時さ……」
「えっ?」
「俺、『ルーシア』って言ったよな?」
「え……ええ」
ロウキーは腰辺りの高さのフェンスに肘をつくと、遠い目をして点滅する船舶の電飾を見つめながら話を続けた。
「そのルーシアってやつ、俺らの仲間だったんだ。 エルスとすごくそっくりだったんで、思わずその名前を呼んじまったんだ」
ルーシアは、詰まる息を我慢して声を絞り出した。
「その、ルーシアさんって、今は?」
「死んだよ」
ルーシアはそっとロウキーを見上げた。 その横顔は、それまで見たことが無いほどの哀しみに満ちていた。 ルーシアは思わず視線をそらして、光の揺れる海面を見つめた。
「俺、あいつを失うなんて考えたこともなくて……ずっと当たり前に、そこに居てくれるもんだって思ってた。 だから俺は、好き勝手ができたんだ。 あいつが俺を捕まえててくれてたから、俺は俺らしくいられたんだ。 でも……」
ロウキーは自分の両手のひらを広げ、それを見つめた。
「突然、居なくなっちまった……」
ぎゅっと握った拳が、小刻みに震えていた。 ルーシアは、視線の端にロウキーの今にも千切れそうなほど噛みしめる唇を感じながら、彼の拳を見つめていた。
「俺、信じられねーんだ。 今だって、後ろから頭叩かれて、『またお前は女の尻ばっかり追い回して!』って怒られるような気がしてる。 引っ張られた耳の痛みだって、覚えてんだ」
ルーシアは歪みそうな頬を隠すように、遠く電飾の灯りを見つめた。 張り裂けそうな胸の痛みが、どうしようもなくルーシアの背中を押しつけていた。 ロウキーは震える声で言った。
「楽しかったんだ。 あれがきっと、幸せっていうもんだと思ってた。 だから……」
ロウキーは、ルーシアを見つめた。 その視線を感じて、思わずルーシアも彼を見上げていた。
「失くしたくなかった」
「ロウ……」
ルーシアの頬に、温かい一筋が零れ落ちた。
「あれ……あたし、何で……」
慌てて濡れる頬を拭いながら誤魔化そうとするルーシアに、ロウキーはフッと笑った。
「俺は、ルーシアと会えて、そして一緒に居ることができて幸せだった。 ルーシアは…………幸せじゃなかったんだな……こんなに苦しんでるなんて知らなかったことが、ムカつくくらい悔しいんだ」
「う……」
ルーシアは、止まらない涙に困り果てていた。 喉いっぱいに込み上げるもので、言葉が何一つ出せなかった。 何度も頬を拭うルーシアの腕を取ると、ロウキーは
「ごめんな」
と静かに言葉を掛けた。
それはエルスではなく、ルーシアに向けられていた。
『ロウキーも気づいてるわよ』
ジャクリンの言葉が思い返された。
まっすぐ見つめるロウキーの視線からはもう逃れられないと知ったとき、ルーシアはその場に崩れ落ちた。
「ルーシア!」
驚いて支えるロウキーの胸へと、ルーシアは自分の額を寄せた。 止めどもない涙がぽたぽたと伝い落ち、嗚咽を漏らしながら肩を震わせた。
「ルーシア……」
ロウキーは愛情をこめて、優しくルーシアの肩を抱きしめた。
その時だった。
「なんでよっ!」
怒りに満ちた叫びが、二人を引き離した。




