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ローダクロス  作者: 天猫紅楼
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命を繋ぐために

「それ、どうして?」

 突然息が詰まり、それでも絞り出すように声を出した。 そんなルーシアを見て、爺は確信したようにひとつ頷いた。

「私たちは、それなりに必要なものは出せるのですよ。 裏の情報であっても、買えないものは何もありません」

 ルーシアは絶望に打ちひしがれ、目をつむった。 そこまで知られていたとなると、もうルーシアに守るものは何も無くなった。 頭の中が真っ白になっていた。

「じゃあ、ユゥリは知っていたんだな? 最初から何もかも……」

「そうです。 おや、お嬢様は何も言っていませんでしたか?」

 ルーシアは無言でうなずいた。

「お嬢様は、『クローンなどというのは人の形をした化け物にすぎない。 生きていても、やがてどこかの研究材料になって終わるでしょう。 それならば、早めに私たちが処分した方が良い』とおっしゃっておりました。 私たちも、そのような事は絵空事にしか思えませんでしたが……本当にいたのですね?」

「しろよ……」

「はい?」

 ルーシアはキッと睨みあげた。

「じゃあ、それ実行したら良い! 生きてても研究材料になる? バレたら気持ち悪いと白い目で見られる? ああ、そんなの分かってるよ! 分かってるけど……」

 喉に込み上げるもので、言葉が続かなかった。 顔が歪むルーシアをじっと見つめながら、爺は優しく言った。

「生きたいのでしょう?」

「う……」

 紅い瞳が潤んだ。 ルーシアの脳裏には、父モーリスやロウキーたち仲間の姿がはっきりと浮かんでいた。

「私たちは、お嬢様に仕えてはおりますが、犬ではありません。 人としての情もあります。 ユゥリお嬢様には内緒で、独自にあなたのことを監視させていただいておりました。 あなたがクローンという事実さえ払拭するほど、あなたは人間でした。 人一倍優しさに溢れ、人一倍、愛も知っている。 もしここであなたを殺し、クローンであるが故の呪いなど掛けられては、この先自由になったとしても、残り少ない人生を楽しむことはできないでしょう。 そこで提案です――」

 爺は、そっとテーブルの上にカップを置いて、改めてルーシアの前に座りなおした。

 

 

 

 

 数分後、屋敷は、内部に仕掛けられた爆弾によって全壊した。

 中に住んでいた主無き召使いたちは、屋敷の外へと避難していた。

 そしてルーシアも。

 

 

 

『まるで、生き地獄だな……』

 ルーシアは着の身着のまま、独り旅をすることになった。 ロウキーたちのもとにはもう戻れない。 最後に放った爺の言葉が、心に突き刺さっていた。

「もし自分の運命を重く受け止めるなら、普通の人間との恋などあきらめた方が良い。 例えそこに愛があろうと、それはやがて脆く崩れる。 あなたがクローン人間である限りは……」

 それは、クローン人間の事を深く知らない人間の、せめてもの救いの言葉だったのか、それともただの非難だったのか、ルーシアにはもうどうでもよかった。

 キツン、セィボク、アァカン、ジャクリン、そしてロウキーの笑顔が浮かんだ。

 自ら命を絶とうとした自分を、必死で止めたロウキー。 その救われた命を、せめて細々とでも生きながらえさせることが出来るなら、両親への恩返しになるだろうか?

 ルーシアは、誰も知り合いのいない国を旅して巡った。 金は途中で少し働きながら、その日暮らしで生活した。 そしてカンナ町へたどりつき、パン屋に住み込みで働きながらパン作りを学んだ。 料理はからっきしダメなルーシアだったが、何故かパン作りに関しては天才的な技術を持っていた。 やがて店主はその腕を認め、数か月後には、自分が以前使っていた店舗を使いなさい、と小さな建物をルーシアに譲った。

 内装も設備も取り払う前だったので、その日から使えた。

 異様な雰囲気を与える紅い瞳は、以前オヴェラから譲り受けたラウフジェンを使ってごまかしていたが、やがて病院で購入した色のついたレンズを入れることで人の目を欺いた。

 ルーシアは、【エルス】として新しい生活を始めたのだった。

 

 

 

 

 ――

 

 

 

 一通り思い出したあと、ルーシアは深くため息をついてカーテンを閉め、寝床へ入った。

 パン屋の朝は早い。

 ルーシアは、わずかな時間だったが、睡眠の谷へと吸い込まれていった。

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