ナイフ使い
「―!」
「――!」
「……ん……」
ルーシアは、騒がしい声に目を覚ました。
隣で眠っていたはずのジャクリンの姿は無く、毛布が綺麗にたたまれている。 騒々しい声は、馬車の外から聞こえていた。
ルーシアは、まだ少しだるく重い体を感じながらゆっくりと起き上がると、馬車を降りた。
太陽の眩しさに目がくらみ、しばらく立ちすくんでいたルーシアは、次第に慣れていく目で辺りを見回した。
すでに皆は起きていて、それぞれに行動していた。
きっといつもの事なのだろう。
キツンはショウシュンにエサをやりながら、綱を取り付けている。
アァカンはトレーニングを始めていて、どこで見つけてきたのか、自身の倍はあろうかという太い丸太を肩に担いでスクワットをしている。
ジャクリンは、朝食の準備をしていた。
「と……あれは……」
ルーシアが思わず目を奪われたのは、セィボクとロウキーだった。 ロウキーは何かを手に持ち、セィボクが必死にそれを追いかけている。
「返せよ、ロウキー!」
「ほらほら、そんなんじゃ、いざという時に逃げらんねーぞー!」
ほぼ泣き顔のセィボクに、余裕顔のロウキーは、後ろ向きで走っている。
「……何やってるんだ?」
ルーシアがきょとんとしていると、ジャクリンが近づいた。 その手には、人数分のナイフとスプーンが入った皿を持っている。
「ルーちゃん、おはよう。 もうそろそろ起こしに行こうと思ってたんだけど……起こしちゃったみたいね。 朝はいつもこんな感じなのよ」
苦笑しながら言うジャクリンは、目の前で追いかけっこをしているセィボクとロウキーを見た。
「ロウキーはセィボクの足を速くしたいみたいで、いつもあぁやって、セィボクのフレッドを取り上げては追いかけさせているの」
「フレッド?」
「ほら、ロウキーが手に持ってるものよ」
ルーシアが目を凝らすと、ロウキーが高く掲げる右手には、小さな茶色いぬいぐるみが握られていた。
「犬の……ぬいぐるみ?」
「そう。 セィボクはあのぬいぐるみに【フレッド】って名付けて、すごく大切にしてるの。 あれがないと、眠れないのよ。 セィボクももう十二歳なのにね」
「セィボクも孤児だったんだろ? きっと大切な想い出の品なんだろうな……」
「ええ。 孤児院の前に捨てられていたとき、あの子が入っていたカゴの中に、一緒に入っていたらしいわ」
ジャクリンは目を細めた。 少し切ない顔をした彼女に、ルーシアはわざと明るい声を出した。
「お、お腹空いたなぁ! そろそろ朝食にしない?」
「そうね! ちょうど準備も出来たところだし、そろそろ二人を止めないと」
ジャクリンはいつもの微笑みを取り戻した。
するとルーシアが
「じゃ、あたしに任せて。 ちょっと、これ貸して」
と、おもむろにジャクリンが持つ皿からナイフを数本掴むと、ロウキーとセィボクへと狙い定めた。
「はっ!」
ルーシアが気合と共にナイフを放つと、それは空気を切り裂くように宙を飛び、見事にロウキーとセィボクの足元の地面に深々と刺さった。
「うわああっ!」
「な、なんだぁっ?」
驚く二人はバランスを崩して尻餅をついた。 隣のジャクリンも、驚いた顔でルーシアの横顔を見た。
「どうした?」
騒ぎに気付いたキツンとアァカンも、何事かと覗きに来た。
「お……お前が投げたのか?」
目を丸くして、ロウキーが座り込んだままでルーシアに尋ねると、彼女は自慢げに微笑んで頷いた。
「「暴力反対っ!」」
そろって手を挙げるロウキーとセィボクに、ルーシアの脳内でプチンと何かが切れた。
「あんたたちが、止まる気配を見せないからだろうが!」
「当たったら死ぬだろうがよ!」
「だから当てないようにしただろ!」
「そんなの信じられるか!」
「じゃあもう一回投げようか! 頭の上にリンゴ乗せろっ!」
ルーシアとロウキーは口論を始め、その間にセィボクは逃げるようにその場を離れ、何事もなかったかのようにおとなしく席に着いた。
「ちょ、ちょっと二人とも……!」
ジャクリンは二人を止めようとするも、その口論は治まりそうになかった。 ジャクリンの眉がぴくりと痙攣した。
「……もう! やめっ!」
森の中に
ゴツン☆
という重い音が二発響いた。