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ローダクロス  作者: 天猫紅楼
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母親の形見

 いつものようにロウキーに寄り添って眠っていたユゥリは、静かに目を開けると、そっと身を起こした。 そしてロウキーたちを起こさないように歩き出ると、馬車の荷台をそっと覗いた。 真っ暗な荷台の中からは、静かな寝息が小さく聞こえてくる。 ユゥリは小さな声で言った。

「ルーシアさん……」

「う……ん? ……ユゥリ?」

 目を覚ましたルーシアは、馬車の荷台口に立って覗き込んでいるユゥリに気付くと、驚いた表情で見つめた。

「ちょっと、いいですか?」

 ユゥリがそっと手で招くので、ジャクリンを起こさないようにそっと起き上がったルーシアは、戸惑った表情で静かに馬車を下りた。

 

 

 

「珍しいな。 あんたがあたしに話なんて」

 ルーシアは、ユゥリに誘われるがままに、馬車から少し離れた木の根に座っていた。

 眼下には、フューグル町の小さな灯りが星を映したように瞬いている。 そこそこ広い領地のようで、その灯りの量は町の富を表しているようだった。

 ユゥリはしばらくその灯りを見つめた後、ルーシアを見つめて言った。

「あの……ルーシアさんにお願いがあるんです」

「お願い?」

 訝しげに聞き返すルーシアに、ユゥリは小さくうなずくと立ち上がり、町の一角を指差した。 そこに、ひときわ大きな庭を持った家と煌々とつく灯りが見えた。

「あそこが、私の家です」

「あ……あんた、金持ちのお嬢さんだったのか!」

 ルーシアはさすがに驚いて声を上げた。 それなら、狙われても合点が付く。 おおかた財産目当てだったのだろうと予想がつく。

 ユゥリはしーっと制すると、小さくうなずいた。

「じゃあ、もう目と鼻の先だな。 馬車なら、ゆっくり朝食を取っても明日の昼ごろには着くだろうから」

 ルーシアはもう一度ユゥリの豪邸を見ながら、少しぶっきらぼうに言った。

 ユゥリはその横で切なくうつむいた。

「ルーシアさん、お願いです。 あの家から、母の形見を持ってきて欲しいんです!」

「えっ? 何を言ってんだ、あんた?」

 ルーシアは再び驚いてユゥリを見た。 ユゥリはまっすぐにルーシアを見つめ返した。

「ルーシアさん、私の気持ちは知ってるでしょう? 私は、ロウキーを愛しています」

「うっ!」

 面と向かって堂々と言われたルーシアは、思わず息を飲んだ。

「私はロウキーと離れたくない! ずっと一緒に居たいんです! 私の気持ち、分かってくれますよね?」

「でも、それとあの屋敷にあるっていう、あんたの母親の形見と、どう関係があるんだ?」

 かろうじて動揺を隠しながら、ルーシアは冷たく言い返した。

「私があの家に入ったら、きっともう一歩も家からは出してくれないでしょう。 もともと、ルーシアさんたちと出会ったあの森へも、無断で行ったのですから……」

「無断? あんた、誰かに追われていたって。 でもあんな遠くの森まで、どうやって?」

 するとユゥリは頭を抱えてしゃがみこんだ。

「ごめんなさい! 何も思い出したくないのよ! あんな恐ろしいことを……頭が痛い……」

「ご、ごめんっ!」

 ぎゅっと目をつむって頭を抱えるユゥリに驚きながら、ルーシアは自分も傍にしゃがむとユゥリの肩に触れた。

 少し力を入れればすぐに折れそうな、か弱く細い体が、ルーシアの手から伝わった。

「でも、あんたの家の人たち、心配してるだろ? 早く帰らないと。 両親だっているんだろ?」

 優しく言うと、ユゥリはうずくまったまま首を横に振った。

「いいえ。 あの人たちは、私の事なんて……」

 ユゥリは正座するように座り込んだ。

「もうあの家に、私と血のつながったものなどいません。 皆私の財産目当てで、ゴマをすっては機嫌を伺う人ばかり……私はそれに嫌気がさして、家出をしたんです」

「とんだじゃじゃ馬だったんだな……」

 ルーシアは肩をすくめて呟くように言うと、ユゥリに向き直った。

「で、大切な形見を忘れたと?」

 ユゥリはこくりとうなずき、ルーシアの両腕をつかんで迫った。

「お願い! 家の人たちに気付かれないように、どうか母の形見を……早くしないと、売られてしまうかもしれない! それほど、あの人たちはお金に無心なのです!」

 すがるように腕をつかむ手は、意外にも力がこもっている。 ユゥリの強く必死な気持ちが表れているようだった。 その手をそっと外しながら、ルーシアは静かに言った。

「なぜそれをあたしに?」

「他の人では、騒ぎになるように気がして……」

 ルーシアの頭の中に、仲間たちの姿が浮かんだ。 セィボクやキツンは頼りにならないし、アァカンにはジャクリンがいて、内緒になんて出来ないだろう。 ましてやロウキーなど、必要以上に事件を大きくする可能性が高い。

「それもそうだな」

と苦笑しながら、小さくため息をついた。

「ずっと見ていて、ルーシアさんが一番頼れると思ったの」

 ユゥリは、まっすぐにルーシアを見つめていた。 ルーシアは、もう逃れられないと思った。 それと同時に、さっき木の陰でロウキーとユゥリが重なる影が蘇った。

「あ……」

 思わず胸が痛んで視線を外すルーシアに、ユゥリは詰め寄った。

「だめですか?」

 ユゥリは、すがるようにルーシアの横顔を見つめていた。 彼女の紅い瞳が、月明かりに照らされて揺れていた。 そしてしばらく静寂が続いた後、ルーシアが呟くように言った。

「ユゥリは……ロウキーと一緒にいたいんだな?」

 彼女はしっかりと頷いた。 ルーシアは横目でちらりとそれを確かめると、フッと息をついた。

「その、母親の形見って、どんなやつだ?」

 ユゥリの顔が、パッと明るく輝いた。

 

 

 

『青いバラの形をしたブローチ』

 そう心の中で繰り返しながら、ルーシアはユゥリの屋敷の前にいた。 

 一人で全速力で走れば、一時間ほどで着ける距離だった。 それでも一泊を取ったのは、ロウキーの名残惜しさからかもしれない。 ロウキーだけじゃない。 キツンやセィボクたちも、ユゥリにたいして親しみが沸いているのは確かだった。 可愛くて優しいうえに、料理も上手い。 新しい姉が出来たような和やかな雰囲気が、彼らの間に漂っているのを、ルーシアも気づいていた。

 屋敷の灯りは、さっきよりもだいぶ少なくなっていた。 家人が眠りについたということだろう。 ルーシアは身軽に庭へと忍び込むと、辺りを注意深く伺った。 人気もなく、静まり返っていた。 

 ルーシアはしばらく塀に沿って歩き、二階へ上がる足場を見つけると、そこへと飛び乗った。

 なにしろ、泥棒まがいなことなどしたことがないルーシア。 どんな防犯がしてあるかも分からない。 この家の主同然であるユゥリが居なくなったのだ。 よほど手厚い防犯設備がそろっているだろうと思って忍び込んだのだが――。

 

『庭に犬一匹放していないとは』

 

 庭を見下ろして半ば拍子抜けを感じながら、それでも辺りを警戒しながら二階のベランダから家の中へと滑り込んだ。

「さて、と」

 ユゥリの部屋は、二階の一番南角の部屋だと聞いていた。 ほぼ真っ暗な廊下を、足音を立てないようにそっと歩き、周りを気にしながらやっとたどり着いた目当ての部屋の扉でさえ、鍵は掛かっていなかった。

「えっ? なんで……」

 さすがにルーシアも胸騒ぎを抑えられずに、扉から手を離した。 しかしここまで来てしまっては、引き返すわけにもいかない。 意を決してもう一度ドアノブに触れると、そっと開けた。

 軽い感触で開いた部屋の中は真っ暗で、窓から差し込む月明かりでぼんやりと照らされていた。

 ルーシアは手探りで棚の中や引き出しの中を探った。

 そして

「これか!」

 ルーシアはドレッサーの引き出しの奥から、小さな化粧箱を見つけた。

 その蓋を開けると、青いバラのブローチが月明かりに輝いた。

 その時突然、部屋の灯りが点き、驚いたルーシアは扉の方に視線を向けた。

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