大浴場、大騒ぎ
ビリーザメク国は、もうすぐだった。
国の門前には兵士たちが総出で並び、ロウキーたちを待っていた。 それが目に映った時、さすがにたじろぎながらロウキーが呟いた。
「随分豪勢な出迎えだな! んっ? おおおっ!」
「え?」
突然ロウキーはヴァルツを走らせた。
「おっ、おいっ! ロウキー! 急にどうしたんだよぅ!」
後ろのルーシアが振り落とされそうになり、慌ててロウキーの腰にしがみついた。 そして急停止したヴァルツの前には、本物のアイル姫の姿があった。
しがみつくルーシアを振り切って、ロウキーはアイル姫の前に飛び降りた。
「アイル姫、ただいま戻りました!」
わざとらしく敬礼をするロウキーに、アイル姫は驚いたように口に手をやり、そして小さく笑った。
「あちこち傷だらけで……でも、本当に戻ってきたのですね? ヴァルツも。 それから……」
アイル姫は、ヴァルツの背中に座っているルーシアを見上げ、すぐに顔を曇らせた。
「あなたには、随分迷惑を掛けてしまったみたいですね」
アイル姫はルーシアに近寄り、申し訳なさそうに言った。 ルーシアは、その吸い込まれるような碧い瞳に戸惑いながらも、
「い、いいえ、あなたのせいでは……」
と返した。
「あら? その瞳……」
アイル姫は、ルーシアをじっと見つめた。 その紅い瞳が揺れるのが、アイル姫の後ろに控える兵士たちにも見え、静かに、けれど明らかにざわめきはじめた。
「ルーシアは、俺たちのれっきとした仲間だ!」
突然ロウキーが大きな声を出すので、アイル姫は思わず彼に振り返った。 ロウキーは兵士たちに向かい
「何か人と違うのは皆同じだろ? 見かけだけで人を笑うのは、相手が誰であろうと、許さねえからな!」
と毅然と言った。 ルーシアは、驚いたように目を丸くしていたが、やがて嬉しそうに微笑んだ。 アイル姫も最初驚いたようにロウキーを見つめていたが、すぐに頷いた。
「そうですね、外見で人を判断してはいけません。 さ、皆さん、城で休んでください。 迷惑を掛けてしまった分、お詫びをさせてください」
アイル姫は改めて、ロウキーたちを城の中へと招き入れた。
城では、数々の料理が振る舞われ、アイル姫や王、王妃も交えて、宴が催された。
「恥ずかしい話。 私たちは、自分の娘が偽者だと言うことを、少しも気付かなかった」
ナルミ十五世がサリア姫に謝り、王妃も申し訳ないと頭を下げた。 アイル姫はそんな二人を許し
「誰にでも間違いはあります。 それに、本当に瓜二つだったそうではありませんか? 姿だけでなく、立ち居振る舞いなども」
「性格は全然違うけどな!」
とロウキーが言うと、広間はホッとした笑いに包まれた。
「何より、無事で良かった!」
アイル姫は両親に抱き締められ、幸せそうな笑顔を見せた。
「良かったね、アイル姫も元気になったみたいだ」
ルーシアが言うと
「ルーちゃんだって。 無事で良かった!」
とジャクリンが彼女の肩を抱いた。 そして
「ルーちゃんのそういうとこが、ロウキーは好きなのかもね」
と囁いた。
「え? それ、どういうこと?」
きょとんとするルーシアに、ジャクリンはひたすら嬉しそうにしていた。 そんなロウキーはずっとアイル姫を見つめている。 彼女が楽しそうな笑顔を見せれば見せるほど、ロウキーはゴマをするように擦り寄っては
「何かあれば、俺がナイトを引き受けますよ!」
と口説いている。
「……あれでも?」
ルーシアが呆れた声を出すと、ジャクリンはさすがに何も言えなかった。
やがてルーシアに耳を摘まれて席に戻ったロウキーは、赤い耳を腫らしながら、運ばれてきた料理に舌鼓を打った。 そして、アイル姫がどんな経緯で塔の中に閉じ込められたのか、ヴァルツをここに連れてくることになった経緯などの情報交換をしたあと、アイル姫からは、ショウシュンの怪我の具合が良くなるまでは、城に滞在することを勧められた。
「良かった! ショウシュンも、せっかく仲良くなったヴァルツとの別れはつらいはずだから!」
キツンは嬉しそうに声を上げた。 ロウキーたちも、アイル姫の言葉に甘えることにした。
ロウキーたちは旅の疲れを癒すため、大浴場へと足を運んだ。
アイル姫やルーシア、ジャクリンが入る女湯に隣接された男湯で、ロウキーたちは悶々としていた。
「気持ちの良いお湯ね~!」
のんびりとした口調で湯船に浸かるジャクリンに、ルーシアも
「ほんと! 今までの疲れが全部流れちゃいそうだよ!」
と気持ちよさそうに口元まで沈んだ。 アイル姫は、そんな二人に
「ビリーザメク国の近くには火山があって、そこで温められたお湯が豊富なの。 皮膚病や怪我に良いっていうわ。 傷の治療のために、わざわざ遠いところから通う人もいるくらい、有名なのよ」
「ふう~ん」
と頷く二人。
「それにしても、あなた、不思議な雰囲気を持っているわね」
アイル姫は、ルーシアに近づいた。 紅い瞳を覗くように見つめるアイル姫。 戸惑うルーシアに
「綺麗な瞳をしているのね」
「ああ、これは……えっと……」
答えに迷うルーシアに、助言をしようとジャクリンが口を開けようとしたとき、アイル姫は微笑んだ。
「ロウキーも、あなたを深く思っているのね」
「えっ?」
驚くルーシアに、アイル姫は笑った。
「さっきの口上、格好良かったわ。 私もあんな風に守られてみたい」
そう言いながら、アイル姫は遠い目をして頬を赤らめた。 見れば見るほど、普通の女の子だ。 一糸まとわぬ三人は、壁も無く顔を付きあわせるごく普通の人間同士なのだ。
「いっ、いや、あれは、なんだ、その……」
動揺しながら、指を回しはじめたルーシアは、やがて息を呑んで無理やり落ち着かせると
「アイル姫の方が、綺麗だし、おしとやかだし、何よりお姫さまだし。 だからロウキーは、アイル姫の方が絶対好きだよ!」
俯いてそう呟くルーシアに、アイル姫とジャクリンは顔を見合わせて微笑んだ。
「そうかしら?」
首を傾げて笑うアイル姫に、ジャクリンも楽しそうに笑った。
「だけどルーちゃんだって、ロウキーのこと、好きなのよね?」
と尋ねるジャクリンに、ルーシアは慌てて顔を上げ、目を泳がせた。
「あ……あたしは……」
その時、
バシャン! ドンガラガッシャン!
と、大きな音が隣の男湯に響いた。
「何かしら?」
目を丸くして男湯の方に向かい見ると、
「いってえなあ! 押すなよ、セィボク!」
「押してないよ! ロウキーが勝手に落ちてきたんだろ~~!」
「どっちでもいいが、二人とも俺の上から降りろ!」
「まったく……覗こうなんてするからだよ~~」
と、壁の向こう側から男たちの声が聞こえてきた。
「あらまぁ!」
ジャクリンとアイル姫が目を丸くして驚き、ルーシアは向こう側に聞こえるように、わざと大きな声を出した。
「このあたしが、女湯を覗こうとするような変態を好きになるわけないだろ!」
すると向こう側から
「なんだと! 俺は、色気もないような身体を見ようと登ってたわけじゃねーぞ!」
「なっ! 誰が色気のない身体だ? 知ってんのかっ!」
「見なくても分かるわ! ちっぱい野郎!」
「ちっぱい……! くっ! このやろうっ!」
ルーシアはとっさに近くにあった木製の椅子を手に取ると、壁の向こう側へと投げつけた。 程なくして、カポーーンと間の抜けた音がして
「大丈夫かっ、ロウキー!」
「しっかりしろ!」
「だから言わんことではない!」
とセィボクとキツン、アァカンたちの焦った声が聞こえた。 ジャクリンは楽しそうに
「良かった、二人仲良くなって」
と笑う横で、アイル姫は
「あはは……私も強くならなきゃね……」
と半ばあきれ顔で苦笑していた。




