ルーちゃん
幌馬車の前では、食事の仕切りなおしの準備ができていた。 ジャクリンが戻ってきた二人に気付き、笑顔を見せた。
「よかった! 二人とも無事だったのね! あら、その子は……?」
ロウキーはジャクリンの前に紅髪を降ろすと
「こいつ怪我したんだ。 手当てしてやってくれ!」
と軽く息をついた。 ジャクリンは驚いて近寄ると、その体を見た。
「じゃあ、さっきの銃声は……足を撃たれたのね? それに、体中傷だらけじゃない! 森の中をずっと走ってきたの? さぁ、こっちへいらっしゃい」
ジャクリンはアァカンの力を借りて紅髪を幌馬車の荷台に載せると、顔だけを出して皆に言った。
「皆は先に食事をしていていいわよ。 用意は出来てるから!」
「やりぃっ! やぁっと飯にありつける!」
ロウキーは喜んで椅子に座り、キツンがよそってくれたクマ鍋の入った器を満面の笑みで受け取った。 その横で、セィボクが唇を尖らせた。
「スプーンでクマ鍋なんて、雰囲気出ねぇよなー」
かき回すスプーンの上で、クマの肉がポロリと逃げる。
「大丈夫だよ、こうすれば!」
キツンはニコニコと椅子に座り、その器の端に口を付けると、一気にかき込んだ。
「そうさ! 『雰囲気』なんていう顔かよ、セィボク! 腹の中に入っちまえば、みんな一緒だろ?」
からかうように言いながら、ロウキーもクマ鍋をかき込んだ。 セィボクはふんっと鼻を鳴らしながら、それに続いた。
「「「うめーーっ!」」」
三人は声を合わせて、幸せそうな顔をした。
「そうそう! 濃くもなく薄くもなく、野菜と肉のダシが丁度良いこの味付け! お嫁さんになったら、毎日こんな美味しい料理を食べられるんだよね!」
と、荷台から戻ってきたアァカンを見ながらキツンが言うと、彼は少し頬を赤らめて苦笑して席についた。
四人が仲良く食事をしている頃、幌馬車の荷台の中では、ジャクリンが紅髪の怪我を手当てしていた。
「一体どこから来たの? あちこち切り傷だらけだし……足は、弾がかすっただけみたいね。 傷も浅いし、しばらく安静にしていれば、大丈夫よ」
紅髪は大人しく、ジャクリンのされるがままになっていた。 丁寧に右足の包帯を巻き終えると、ジャクリンは紅髪を仰ぎ見た。
「服もボロボロね。 替えるといいわ。 セィボクかロウキーの予備があるから、それを着たらいいわね」
「いや、それは……」
慌てて躊躇する紅髪に構わず、ジャクリンはその服を無理やり脱がした。
「えっ! あら、あなた……」
ジャクリンは驚いて目を丸くした。 そして
「ごめんなさい。 私すっかり、あなたのことを男の子だと思ってたわ」
と苦笑した。
確認も無く勝手に少年だと思っていた紅い髪の子は、少女であった。 小さいながら、ちゃんと胸のふくらみがあったし、柔らかい曲線を描く肩や腰は、女特有のものだった。
少女は、少し照れたようにため息をついて、髪の毛をかき上げた。 綺麗にカットされた紅い髪の毛が、サラサラと指を通す。 伏せる紅い瞳が、憂いを帯びて揺れた。
「どっちでもいいよ。 それより……ありがとう」
差し出されたロウキーの服を借りた少女は、改めて礼を言った。 ジャクリンは微笑んで首を横に振ると
「気にしなくていいわ。 私はジャクリン。 あなたの名前は?」
人懐っこく少女の顔を覗き込むジャクリンの銀髪が、さらりと揺れた。 少女はジャクリンの屈託のない笑顔に一瞬戸惑ったが
「ルーシア」
とだけ答えた。 ジャクリンは頷くと
「いい名前ね、ルーちゃん」
と微笑んだ。
「ルー……ちゃん?」
ルーシアの手を引いて、ジャクリンは馬車を降りた。 既に四人は食事を終わりかけていたが、まだ食べようとするキツンを必死で止めていた。
「まだ材料もたくさん残ってるし。 ね、ルーちゃんも一緒にどう?」
「ルー?」
四人は、ジャクリンの隣に立つルーシアに気付いた。
「ああっ! それ俺の服っ! しかも一番気に入ってるやつっ!」
ロウキーが驚いてルーシアの着る服を指差すと、
ゴンッ☆
という重い音と共に、ゲンコツを握ったジャクリンが言った。
「いいでしょ。 今だけ! それともルーちゃんを裸にしておく気?」
「う~~ん……てか、ルーちゃんって……」
頭を押さえながら顔を上げるロウキーに、ジャクリンは微笑みかけた。
「彼女、ルーシアっていうそうよ。 れっきとした女の子!」
その紹介に、四人は目を丸くした。
「お……男じゃなかったのか?」
ロウキーの言葉は、他の三人の思いも代弁していた。 ルーシアはそれを見て視線を外し、呟くように言った。
「悪かったな、色々迷惑かけちまって……」
「いいのよ、皆タフだから。 さ、一緒にご飯食べましょう! 昼間、ロウキーが大きな熊を倒してくれて、五人じゃ食べきれないくらいたくさんあるのよ!」
「でも……」
戸惑うルーシアに、ロウキーが笑って言った。
「食っていけよ。 どうせ何も食べてないんだろ? 遠慮すんなって!」
ジャクリンがルーシアを無理やり座らせ、セィボクが、ルーシアの分を器によそった。 彼女の前にコトンと置くと
「さ、どうぞ。 ジャクリンの料理は、誰が食べても美味しいって言うよ!」
と、そばかすの散りばめられた頬をくいっと上げ、クリクリッとした黒目で微笑んだ。 キツンが横に座り
「とにかく、精力付けなきゃ!」
と、自分も食べ足りなさそうに見つめながら、見守るようにテーブルに肘をついた。
優しく見守る周りを見上げながら、ルーシアは観念したように一口つけた。 ゆっくりと味わい、
「美味しい……」
と自然に口から漏れた言葉に、皆はホッとした顔をした。
朝から何も食べていなかったルーシアの体に、とても優しく染み入る料理だった。 ルーシアは、二回おかわりをした。
やがて食事が終わると、ルーシアは川べりで洗い物を始めているジャクリンのもとに自分の器を持っていった。
「いいのよ、ルーちゃんはゆっくりしていて。 ただでさえ、怪我をしていて疲れもあるでしょうに」
とジャクリンは手を振ったが、ルーシアは首を横に振った。
「そういうわけにはいかないよ。 世話になったんだ。 コレくらいはお返ししないと……他に何かできることはある?」
「そう? じゃあ、他のお皿も下げてきてもらおうかしら。 でも無理しないようにね、ルーちゃん」
「分かってる!」
ルーシアは、安心させるように笑顔を見せると、再びテーブルへと戻っていった。
「怪我の方は、すっかり大丈夫みたいね」
ジャクリンは、ルーシアの後ろ姿を見送って微笑むと、再び洗い物を続けた。