消えたルーシア
一方ロウキーたちは、広い客間に酔い痴れていた。
背もたれにレースがかけられた上品な赤茶色のソファは、座ると腰辺りまで包みこむように優しく沈み、床一面には分厚く編みこんであるカーペットが敷き詰められている。 豊かな曲線が癖のないすっきりとしたフォルムを生んでいる椅子に囲まれ、大きく分厚い木製のテーブルには、艶のある塗料が塗られ、レースが敷いてある。
天井には大人が両手を広げても届かないほどの大きなシャンデリアが輝き、奥の壁には暖炉が設置してある。
「こ、こんな立派な部屋、初めてだぜ!」
ロウキーはソファの感触にうち震えながら、部屋中を見渡していた。 セィボクやキツンも、暖炉を覗いたりシャンデリアを見上げたりして、目を輝かせている。 すっかり童心に浸っている。
「本当に素敵なお部屋ね。 でも……」
ジャクリンが不安げな表情を見せた。
「ルーシアか?」
アァカンが彼女の気持ちを察した。 ジャクリンは頷いて、ぴったりと閉められた重厚な扉を見つめた。
「ルーちゃん、本当に覚えていないみたいだったから……なんだか嫌な予感がするの」
目を伏せたジャクリンに、ロウキーは明るく声をかけた。
「大丈夫だって! アイル姫だって、優しくて美人だしよ、きっとルーシアもすぐに思い出して笑いながら戻ってくるさ!」
「そうだといいけど……」
優しくて美人だからという理由付けはどうかと思いながらも、ジャクリンは少しでも気持ちを落ち着かせようとした。
すると扉が、静かに開いた。
「ルーちゃん?」
ジャクリンが思わず立ち上がったが、扉の向こうから来たのは、召使だった。
「食事が出来るまで、おくつろぎください、とのことです」
と、お茶やお菓子をテーブルに並べはじめると、ロウキーたちはまた目を輝かせるのだった。 その中で、ジャクリンだけは浮かない顔をしていた。 アァカンはジャクリンの肩を優しく抱くと、
「ルーシアなら大丈夫だ。 すぐに戻ってくる。 もし何かあっても俺とロウキーが居る。 あまり気に病むな」
と声をかけた。
「うん……」
ジャクリンはこれ以上アァカンを心配させまいと、小さく笑ってみせた。
やがてしばらく経つと、食事が用意された。 ロウキーたちの目の前には、初めて見るような料理が次々に運ばれてくる。
「すげえ! 美味そう!」
色とりどりの色彩で飾られた料理の数々を並べ終え
「ごゆっくり」
と部屋を出ようとした召使に
「ちょっと待て」
とロウキーが声をかけた。
「ルーシアはまだ戻ってこないのか?」
「そうだよ。ルーシアやアイル姫も一緒に食べようよ!」
セィボクも足をばたつかせて言った。 だが召使は淡々とした口調で
「アイル姫様なら、先ほど出かけられましたが……」
と答えた。
「なんだって? ルーシアは?」
ロウキーたちは思わず立ち上がった。
「アイル姫様は、側近のユニダを連れて二人で出かけられました」
「一体どこへ?」
ジャクリンが痛む胸を押さえた。 召使は首を傾げた。
「アイル姫様の行き先も分からないのかよ?」
ロウキーは部屋を出ようと召使をのけようとしたが、後ろに控えていた兵士に行く手を阻まれた。
「アイル姫様が『帰ったら改めて挨拶をするので、お客様を帰さないように』とのご命令をされました。 部屋で食事をお楽しみください」
屈強な腕で部屋の中へと押し戻されたロウキー。
「姫はいい! ルーシアはどこにいるんだよ?」
噛み付くように言うロウキーに、兵士は眉をしかめた。
「私たちは関与していないからわかりません! 命令されたことを実行するのみですから!」
腕組みをして、一歩も外へ出さない様子の兵士の前で扉が閉められた。
ロウキーは悔しさを前面に出して、唇を噛んだ。 するとアァカンが後ろからそっと近づいて耳打ちした。
「俺があの兵士を食い止める。 ルーシアを探しに行け」
ロウキーはアァカンをちらりと見た。
「皆のことは心配するな」
周りの皆も、ルーシアのことはロウキーに託すと瞳で語っていた。 彼らを順番に見ると
「分かった」
とロウキーは頷いて、決意をしたように扉を見つめた。
「ルーシアのことは、俺に任せろ!」
バターーン!
勢いよく扉が開かれ、驚いた兵士の前にロウキーが躍り出た。
「な、なんだ貴様!」
捕まえようとする兵士の腕を擦り抜けて、廊下に走りだすロウキー。
「待てっ! うわあっ、離せっ!」
追い掛けようとする兵士を後ろからはがいじめにしたのは、アァカンだった。
「行け、ロウキー!」
太く鍛えられた腕は、屈強な兵士でさえも動けなくした。 驚いて動けないでいる召使たちも、セィボクやキツンが押さえた。
「悪い! 必ず戻る!」
ロウキーは形見の剣を手に、廊下を走り去った。
「お前たち、一体何が目的なんだ?」
兵士は歯軋りをしながらアァカンを睨んだ。 ジャクリンが横から叫んだ。
「そっくりそのまま返すわ! あなたたち、ルーシアをどうしたの?」
「わからん! 私はただ、言われたことをしただけだ!」
「おかしいと思わないの? 仮にも、ヴァルツを連れてきた恩人の私たちを置いて、どこかへ出掛けるだなんて!」
「そんなこと言われても、私たちはただ……」
同じ言葉を繰り返す兵士や召使いに、
「本当に何も知らないみたいだな」
と、セィボクがため息をついた。
「他に何かおかしいことは無かったのか? 本当に二人だけで出かけたというのか?」
今度は召使に質問するアァカン。 その眼力に怯えながら、召使はすこし考え、口を開いた。
「そ、そう言えば、側近のユニダさんが大きな革袋を背負っていましたが……」
「それだ!」
セィボクが声を上げた。
「きっとその中にルーシアが!」
ジャクリンは息を呑んで口を押さえた。
「急いでロウキーに知らせないと!」
「ロウキーはどこに向かったんだろう?」
キツンは眉をしかめた。 一刻も早くアイル姫を捕まえないと、ルーシアが危ない。 言い知れぬ不安が、アァカン、ジャクリン、セィボクとキツンたちを襲っていた。
一方ロウキーは、勘だけを頼りに城内を走っていた。 すれ違う家来たちは驚いてロウキーを凝視し、やがて騒ぎを聞き付けると、追い掛けはじめた。 それを気にも止めず、ロウキーはある塔の前で立ち止まった。
「なんか、俺の好きな匂いがするんだよな……」
と呟くと、そのまま一気に階段を駆け上がった。
「こら、待てーー!」
兵士たちが追い掛けてくるが、身軽なロウキーにすぐに置いていかれた。
「早く捕まえるんだ! 帰ってきたアイル姫様にどんな罰を受けるか分からんぞ!」
焦った声の兵士を足元に、ロウキーは止まることなく螺旋階段を駆け上がった。 やがてその行き止まりには、ひとつの木の扉があった。
「終点か? この先は……?」
ノブに手を掛け回してみると、軽く回った。 鍵は掛かっていなかったのだ。 ギイッときしんだ音を出しながら扉を開けて中を覗いたロウキーの目が、大きく見開かれた。




