剣の使い手ロウキー
宅配会社【ローダクロス】は、本社のあるピチンク町から、ウーピ町、アクロ町など、その近辺の町を活動の範囲としている。 ロウキーたちが、今しがた仕事を終えたウーピ町から本社のあるピチンク町へは、森の中を通っていく。 ほとんどを森で囲まれたピチンク町へは、直線距離で森の中を通っていったほうが早いからだ。
だが森の中には、様々な獣たちがウヨウヨしている。 凶暴な獣、ただ縄張りを守りたいだけの獣、荷物の匂いに誘われた空腹の獣などと、獣にとっての事情は様々だが、お客から預かっている荷物を、みすみす使い物にならなくするわけにもいかない。
そこで、ロウキーの出番となる。
「森の中に入った! ロウキー、頼むよ!」
セィボクの声に、ロウキーはにこりと微笑んで親指を立てた。
「おうよ! 任せとけっ!」
ロウキーは楽しそうに、腰元に寝かせてあった剣をそっと握った。
やがて森の中を進む幌馬車の前に、大きな壁が立ちはだかった。 大人の背丈の三倍はあろうかという巨大な熊だ。 牙をむき、地面に足の爪を突き立てて両手を広げると、大きな咆哮をあげて威嚇した。
「わわっ!」
キツンは慌てて愛馬ショウシュンの足を止めた。 幌馬車はきしんだ音を立てて止まり、荷台が大きく揺れた。
ロウキーは止まった馬車の前に飛び降りると、熊と対峙した。
ガウルルル……
熊の低く深い唸り声が響く。
怯えるショウシュンをなだめながら、キツンが叫ぶようにロウキーに言った。
「こいつ、『オレ様の行く道を塞いだな!』って怒ってるよ!」
「ふうん?」
ロウキーは瞳だけでキツンを見やると、口元をニッと吊り上げた。
「関係ねぇな!」
すると、馬車の荷台からアァカンが顔を覗かせた。
「俺も手伝おうか?」
ゆらりと見える太い腕が、頼もしさを漂わせている。 だがロウキーは
「いや、いい。 俺ひとりで充分だ」
と振り向きもせずに右手を挙げて断ると、アァカンはやっぱり、という顔で再び体を引っ込めた。 そのアァカンに
「聞いてみただけでしょ?」
と可愛らしい声で言ったのは、銀色の、背中までのストレートな髪の毛が印象的な色白のグラマーな女性だった。 アァカンはフッと笑った。
「一応、な。 あとはロウキーに任せておけば大丈夫だ、ジャクリン」
「そうね」
ジャクリンは長いまつげを瞬かせて、にっこりと微笑んだ。 少したれ目な瞳が、優しそうな雰囲気を持っている。 アァカンは口元を緩ませ、両腕を頭の後ろに組むと、リラックスしたように荷台の壁にもたれて目を閉じた。
「さて……と」
ロウキーはにやりと笑うと、腰にぶら下げた剣を抜いた。 長すぎず太すぎないその剣は、ロウキーの手にしっくりと収まり、意気揚々と輝きを放った。 熊は光る切っ先を見て、煽られたように咆哮を上げた。 ロウキーは剣を構え、地面を蹴ると、体を低くして突進した。
「今夜はクマ鍋だなっ!」
一閃!
次の瞬間には、ロウキーの足元に熊が倒れていた。
「やったーー!」
大喜びのセィボクが頭の上で拍手をした。 それを見ながら、キツンはあまり良い顔をせずにため息をついた。
「なんだよ、不服か?」
熊の太い足を持って引きずりながら戻ってくるロウキーが、キツンに頬を膨らませた。 キツンはショウシュンを落ち着かせるように撫でながら、ロウキーを仰ぎ見た。
「あの場合は、道を譲るだけで良かったんだ。 何も殺すことはなかったのにな」
「なんだよぉー!」
ロウキーは残念そうに口をとがらせた。
「ちょっと動物たちと話が出来るからってなー、そんなえらそうに言うんじゃねーよ! な、今夜はクマ鍋だ! 腹いっぱい食えるぞ!」
そして、グッと熊の足を上げて見せると、キツンの顔色が変わった。
「クマ鍋……腹いっぱい!」
その瞳がキランと輝き、口元が緩んだ。
「ん、ま、まぁ、今度から気をつけろよ!」
キツンがすでによだれを垂らしながら見送る傍を、大きな熊を引きずって悠々と馬車へと戻っていくロウキーを、セィボクが迎えた。
「すげえ! やっぱすげえよ、ロウキー! そんな大きいヤツを、一発でやっつけちゃうんだもんなー!」
セィボクは、自慢げに胸を張るロウキーと熊の周りを飛び回って喜んでいた。
「ジャクリーン! 今夜はクマ鍋なー!」
その声に、馬車の荷台からアァカンとジャクリンが顔を出した。
「さすがだ、ロウキー。 大猟だな!」
「分かったわ。 今夜は、人数分以上の料理ができそうね」
ロウキーたちは、予期せぬ食糧の取得に、嬉しそうに顔を見合わせて笑った。
やがて日が暮れかけたころ、巨大な熊を載せた馬車は、緑に囲まれた川を見下ろす小高い崖の上に停まった。 今夜はここで泊まることに決めた。
キツンはショウシュンを水場へと案内し、セィボクは薪を集めに森の中を駆け回っていた。
そのうちに、ジャクリンが腕を振るう鍋の辺りには美味しそうな匂いが漂い始めた。
「まだーー? お腹空いたよぉー!」
早くも席に着き、セィボクが嘆くように足をバタバタさせる横で、キツンも待ち遠しそうな顔で、ゆっくりと鍋をかき回すジャクリンを見つめていた。
「そうね、今日もセィボクはお仕事頑張ってたものね。 ……うん、美味しい。 出来たわよ! セィボク、ロウキーとアァカンを呼んで来てくれるかしら?」
「おおうっ! 任せておいて!」
セィボクは飛び上がるように立ち上がると、一気に崖の下へと駆け下りた。
そこには、ロウキーとアァカンがいて、体を鍛えていた。 二人とも上半身裸になって、それぞれに自然の木や岩を使って汗を流していた。 アァカンは見た目に肩幅もあり、胸筋も発達していて、屈強な腕に説得力もあるが、ロウキーも細身ながら、緻密に張り巡らされた胸筋や背筋の美しさは、衣服を脱いでみて初めて納得させられる。 二人の鍛えられた上半身に流れる汗が、光を反射して輝いている。
「二人とも! クマ鍋が出来たって! 早く食べようぜ!」
セィボクの声に、ロウキーとアァカンは動きを止め、顔を見合わせると気持ち良さそうに微笑んだ。
「よしっ! 食うか!」
川で汗を流してすっきりしたロウキーとアァカンは並んで席に座ると、目の前に用意された器を見て、目を輝かせた。 湯気の立つスープの中に、大きく切られた野菜と共に、ごろごろとクマ肉が転がっている。 ジャクリンが席につくと、ロウキーはフォークを手にし、皆を代表して
「いただきまーーす!」
と声を上げた。
その時だった。